間延びした声、

何時もと変わらない、










立っていたのは、

久保田







「ガラじゃないけど、ねー」

にっこりと俺に笑いかける。
呆気に取られて、
涙の浮かんだ目のまま見詰めた。

「く、ぼた・・・・・」
「はい、黒田君のお友達の久保田君です。遅くなったね〜ごめんね〜」
「・・・・・・」

にこにこ笑いながらこの空間に足を踏み入れる。
スタスタと歩いてきて、
俺の目の前にしゃがみこむと口の端を拭われた。

「血、ついてる。」
「つっ・・・!」
「痛い?殴られた?」
「あ・・・うん・・・・」
「誰、誰にやられた?」

ニコニコ笑い続ける。
ポケットからハンカチを取り出して俺の口を押さえて首を傾げる。

「まーー・・・やりそうだとしたら、アレでしょ茶髪の岡崎って男、だよね?」
「・・・・え?」
「それとも、斉藤って奴?」

知らない名前が挙がる。
それよりも・・・・何故、久保田がソノ名前を知ってるのか・・・・・?

「オイオイ・・・・さっきから誰だよ、お前?」
「取り込み中なんだけど、黙って出てってくれる?」
「口外無用だぜ?」

志賀先輩の身体を足蹴にしながら、
笑って話す。
けれど、振り向くことも応えることもせずに俺を笑いながら見詰め続ける久保田。

「最悪な奴らでしょ?」
「・・・・・」
「根っから腐ってる奴って、何度同じことしても学習ってのをしないんだ。」
「・・・・・?」
「馬鹿だよね・・・・・忘れてるんだから・・・・・」

忘れる?
何を?

久保田は先ほどから何を言っている?

「普通だったら、俺の顔を忘れるはず無いのに・・・・・特に、アンタら二人はさ。」
「は?」
「さっきから・・・・何をぐちゃぐちゃ言ってんだよ!」
「うぜーんだよっ早く出てけ!」

大きな声でまくし立てて、大田と呼ばれていた男が久保田の肩に触れた一瞬・・・・・
目に残る残像のような早さで久保田が立ち上がっていた。
次の瞬間には、何かが激しくぶつかる音が響き渡る。
バラバラとボールがいくつか零れて、
目の前を数個転がった。
そして、男が一人倒れている。

「ウザイ・・・・・ウザイ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「お前らの方がよっぽどウザイよ・・・・・」

俺に背中を見せて立つ。
顔は見えないけれど、
声で先ほどと表情が変わったのが感じ取れた。

「まだ、思い出せないのか?」
「・・・・・・何のことだ・・・・?」
「お前の事なんて・・・・」


「【レッド】」


「「っ!!」」

遮るように呟かれた久保田の言葉。

【レッド】

この言葉を聞いて岡崎と斉藤が固まった。
みるみる顔が青褪めていく、

「俺は・・・・覚えているよ・・・・忘れるはずが無い。」
「おまっ・・・・!」
「そんな!」
「アレに係わった奴らの顔と名前は一生・・・・・・忘れない。」

一歩一歩と久保田が近づく。

「アンタら・・・・同じ事して、飽きない?むしろ、この後どーなるとか学習できない?」
「・・・・・!」
「したはずだよね?そして、また俺だよ?」
「何でココに!?」
「それはこっちのセリフ、俺こそお前ら2人の顔を見て思ったこと。」

先ほどの勢いはどこかへ吹き飛んでしまったのか・・・・・
2人は青ざめた顔で、ジリジリ下がっていく。
声も恐怖から来る震えで上ずっている。

「手加減無しの方向で。」

避ける暇など無いほどの、すばやい動き。
踏み出した少しの勢いで、岡崎の懐に入り込み溝に肘が入っていた。

「っぐふ!」
「倒れない。」

前かがみになりそうになるのを、また肘で顎を突き上げる。

「っが!」
「次。」

淡々とした声で、
呆然と立ち尽くしていた斉藤に回した踵が躊躇いなく脇腹に決まる。
吹き飛ばされて、
もう一人の男に当たって倒れた。
回った足の勢いはそのまま血を吐く岡崎の膝裏に入って膝を突いた。

「何で忘れたかな〜俺の事とか、自分らのした過ちとか。」
「げほっ・・・げほっ!」
「アンタも前と同じようにそうやって血、吐いてたよね?」

そう言いながらも後頭部に久保田の膝で蹴られ顔面から壁に当たった。

「っひ!」

ズルズルと堕ちそうになる頭を壁に力任せに押し付ける。
ゴッと音がして、壁に血が付いた。

「あん時も俺の力見くびってさ、壊滅させられたんじゃん?」
「いっ・・・・やっめ・・・・!」
「止められないよ・・・・黒田の止める声をお前は聞いた?志賀先輩の言った事をアンタらは聞いたのか?」
「・・・・・いっ・・・・!」
「聞くわけ無いよね・・・・・だから俺も聞けない。」

そのまま久保田は何度も岡崎の頭を壁に打ち付ける。
ゴッゴっと音がして、でも次には手を離して這いつくばって逃げようといている、
斉藤と言う男の背中に飛び乗る。

「ぎゃっ!」
「何逃げてんの?自分関係ないとか思ってないよね?」
「たっ・・・・たすけっ・・・・!」
「誰も助けてくんないよ?」

薄っすらと笑って、逃げようとしている男の胸倉を掴んで立たせる。
遥かに久保田より背が高くて体重もあるはずなのに、
そんな事をものともしていない。

そんな状況を目を見開いて、
信じられないものを見るように見ていた。
目の前で、殴リ続ける久保田は・・・・
印象が180度違っている。
無表情で、
感情の一切無い冷たい声。
手加減とか慈悲とか同情なんって言葉今の久保田には存在していない。



唐突に思い出す少し前に聞いた言葉、





『歴然の差がある弱い者を、痛めつけて病院送りにした俺を、




理由を盾にして、泣いて許しを乞う相手を殴り続けた俺を』





冗談では全然無かった言葉、
事実だったのだ。

怖くなってけれど、
でもそれ以上に止めさせなきゃと言う感情が湧く。

「だ・・・・・だ、め・・・・!久保田っ止めろ!」
「止めれない、だって許されないことをしてるんだから。」
「でもっダメだ!」
「聞けない。」

そう言ったかと思うと、胸倉を掴んでいたのを背負って地面に叩きつけよと振り回した時、



「ストーーーーーーーーーップ、久保ちゃん!!」



「・・・・・・・」
「!!」


大声を上げて久坂が飛び込んで来た。
汗をかいて、
ぜーぜーと荒い息を吐いて入り口に寄りかかるように立っている。

「事件には、間に合った、か!?」
「間に合ってないみたいだね?」
「そのようだ・・・・・・」
「く・・・さかに、蓮水先輩・・・・一条?」
「や、黒田君!」

後から蓮水先輩と一条が顔を出す。
手を振られて、緊迫した空気が一気に霧散した。
けれど、久保田はまだ固まっていて背を向けている。

「・・・・・・・・・・」
「久保ちゃん、もう終わりの時間です。手を離してあげてください。」
「・・・・・・・・・・」
「ね?黒田もちょっと怪我してるみたいだけど、無事だし?志賀先輩も、ほら起き上がれるし?」
「・・・・・・・・・・」
「万事、解決!ね?だから・・・・・もう終わりにしよう。」

久保田の前に回って、
苦笑しながら髪をかき混ぜると漸く肩の力を抜いて大きく息を吐いた。
コテンと久坂の肩に額を当てて深呼吸を繰り返している。

「また・・・・やっちゃったかな・・・・」
「みたいだね。」

2人だけで小さく呟いて久坂は寄りかかってきた頭を撫でて落ち着かせた。
数秒もしないで顔を上げて何時もの表情で俺の目の前にしゃがむ。

「ゴメンな・・・・・何か、エライもん見せちゃって。」
「・・・・・うん・・・・」
「俺の事さ・・・・怖くなった?」
「・・・・・・少し」
「だよね」

寂しそうに笑う。

「でも、久保田は久保田だよ・・・・久保田だって俺にそう言ったよね?」
「・・・・・・」
「関係ないよ。」
「うん・・・・ありがとう・・・・」

泣きそうな顔で笑う。
俺も笑い返す。
怖いとは思ったけど、だからと言って何も変わらない。
関係ない、
ずっと友達だもん。

「く、ろだ・・・・スマン・・・・・」
「先輩!」

一条に支えられて歩いてきた先輩は、辛そうに顔を歪める。
黒く煤けた顔。
白いシャツにはいくつモノ足跡が付いている。

「大丈夫ですか!?」
「平気だ・・・・何ともない。」
「ホントに?」
「あぁ」

辛そうではあるけれど、笑ってくれたことに安心する。

「骨とかイッてないよね、志賀?」
「そんなヤワじゃねーよ」
「サイボーグだね、そんだけ蹴られといて無傷って。」
「無傷じゃねーだろうが・・・・・明日にゃ青タンだらけだな・・・・・イッテー」

呆れたような蓮水先輩の声に俺は苦笑を浮かべてしまう。
あれだけ蹴られて殴られておいて骨が折れていないのは奇跡だ。
そうやって、痛みに顔を顰めながらも笑う志賀先輩の顔を、
ジーーーと見ていた久保田に気づいて目線を合わせる。
引きつる先輩の顔。

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・落とし前・・・・つけて貰いますよ?」
「!?」

そんな言葉の呟きとともに、
ドウッと先輩の身体が浮いた。

「「っ!!?!?」」
「あ〜ぁ・・・・・和泉・・・・・」
「久保ちゃ・・・・・」
「はい、万事解決!」






久保田のその一発で、

肋骨にヒビが入ったそうである。