暗い雨の中

雨に濡れたコンクリートを見上げる

黒いソレは

今の自分に襲い掛かるように聳え立っていた







滑り込むように着いた真新しいマンションのエントランス前、
見覚えのある男が数人立っている、
己の組の幹部数人だった
車を降り足早に近づくと黙って頭が下がる

「中は?」
「人の出入りはありません、こちらの動きも知られていないかと思います」
「・・・・・・・」
「見張りとしていた男はちょっと面を借りてもらったので」
「そうか・・・・・入るぞ」

連れられたその男たちはもう戻ってはこないだろう、
そんな事をどうでも良いかのように威道は中へと進む
オートロック式の扉の前で立ち止まれば、
後ろから何も言わずに坂上が前に出てきて数字を押す
そして目の前のガラスは音もなく開いた

坂上を先頭に威道が進みその後ろを4、5人の男が続いた
エレベーターに乗り込み、
最上階が押され音もなく動き上昇する
無言の箱は数十秒で上へと辿りつく、
そこにあるのはたった一つのドア
そこの扉の前には、
一人の男が項垂れるように倒れていた

ソレを蹴り付けて横へとずらしドアノブに手をかける
鍵の掛かったそれに一瞥をくれて、
その鍵の掛かってるであろう部分に倒れている男の掌を当てて胸に常備された銃を取り出し銃口を皮膚にあてがって引き金を一度引いた、
サイレンサー付きのソレは空気が裂けるような小さな音だけを発する

「ぎがっあぁ!!!!」

気を失っていた男がその衝撃に意識を取り戻し叫ぶ、
暴れるその身体を後ろに控えていた男が数人で足蹴にし押さえ込んだ
腕を坂上が全体重をかけるように靴裏でで押さえ
何度も引き金を弾く

「っぎあぁああっがぁあ!!!!」

意味のない悲鳴が上り、
弾はその掌を何度も突き刺していく
血が飛び散り、
肉が裂け
骨までも威道の足元にボトボトと落ちる

弾が無くなったところで銃口を離すと、
男が失神していた
重厚な作りの木製で出来ていたドアは弾を受けた所だけ抉れていた

そこに一度
坂上の踵が埋まり
鈍い音を立ててドアが壊れた
ソレと同時に少しだけ隙間が空き
開いた
壊れた手持ちの部分を引いて中へと踏み込む
真っ直ぐと長く続く廊下は足元の光だけで薄暗く
目の前のドアガラスをボンヤリと浮き上がらせていた
それに手をかけ空けた瞬間、

「いっあぁあぁぁぁ・・・・・・・や、ぁあっ!!」

甲高い悲鳴が威道の耳を刺激した
高く伸びるそれは、
泣き声を交え
部屋に響き渡らせる
鼻を掠める独特の甘いチョコレートの香りに眉を顰め
その音の聞こえる場所へと駆け出した

「やっぁあぁぁぁぁあぁぁっ!!!」

隙間の開いたそこへ飛び込めば
目の前に広がった
認めたくない光景

細い小さな身体が晒され
涙を止めどなく流す顔は
虚ろにこちらへと向けられていた

初めて耳にする聞きたかった声
こんな形で聞くとは思えず
絶望に近い感情を押し留めながら
夜人の背後にある
薄ら笑いの男に目を向けた

「こんばんわ、威道さん」
「・・・・・・・・」
「それにしても、今取り込み中なのですがお暇して貰えないでしょうかね?」

虚ろな表情の夜人の顎に手をかけて、
その耳に噛み付く

「ソレを返して貰ったら今すぐにでも出てってやるさ」
「これ、ですか・・・・??」
「・・・・・」

笑みをよりいっそう深くして、
内田はゆっくりと頬を舐め上げる

「けれど・・・・・これは俺のですよ?」
「・・・・・・・」
「貴方がコレと出会う前からずっと俺が可愛がってきたんです・・・・・・・」

不気味なほどに笑みが深いままに
内田は威道から視線を外さずに言葉を続ける

「あぁ・・・・・そう言えば短い間でしたがコレが貴方の所で世話になってようで、ありがとうございました」
「内田、」
「何ですか?」
「今すぐ夜人から離れろ、」
「・・・・・・・・・・どうして?」

目を見開いて驚く仕草をする
しかしその表情は嘲いに満ちていた

「なぜ自分のモノから離れないといけないのですか?むしろ、貴方になぜソレを言われないといけないのですか?不愉快です」
「てっめ!!」

威道の後ろに控えた男が、
その内田の言葉に前へと進み出ようとする
しかし、それを威道は手を上げて制するとやり切れないように歯噛みして元の場に留まる

「言っておくが・・・・・・お前の気分が害されようが関係ない、俺がそう言ってるんだ・・・・・だから今すぐ夜人から離れろ」
「・・・・・・・・」

低く怒りを滲ませた声で言葉にすると
内田の顔から笑みが消える

「夜人がお前の?だから何だ、今は俺の所有物だ」
「・・・・・・・・・・」
「今ならまだお前への報復は可愛いものにしてやる、けれどもう一度俺に同じ事を言わせたら、」

そこで言葉を切って、
一歩一歩と近づく
視線は夜人ではなくその後ろへ
笑みの消えた内田に今度は俺が壮絶に笑みを向けてやった
凍えるような
その視線で誰をも黙らせ消してきた
その目で

「生き地獄ってのを・・・・・・俺の手で味あわせてやる」

後ろで息を呑むのを感じた
気配で
俺の怒りを肌に感じる慣れた者でも
その視線を向けられてもいないのに
背筋に汗が伝った

「・・・・・・」

目の前の男が威道を見上げる、
そこには先ほどの余裕の笑みは浮かんではいない
ただただ暗い眼差しで
威道を見上げるだけ

その視線を外さぬまま
上から覗き込むようにその目を見詰める
先ほど手にしていた銃は、
手に握られ引き金には指を掛けたまま見上げる額に押し付けた

「知ってるか?人間な〜死にそうな傷を受けてもそう簡単には死ねないんだ、」
「・・・・・・・・」
「実際、お前はその目と手で見て感じただろう?」

その言葉をゆっくりと味わうかのように口にすると、
音もなく坂上が背後に立ち、
懐から取り出した煙草を口に咥えると火をつけそれを威道の口元に当てた
薄く開いたその唇に煙草を咥え軽く吸い込むと、
メンソール独特の香りと味にニヤリと笑う

「もう一度言わせるか、その手を放すか・・・・・・・選べ」

内田はその言葉に何の言葉も発っせずにゆっくりと手を外す
支えを失った夜人の身体が威道の胸に倒れこんできた
その身体を受けとめ、
銃は突きつけたままに空いた片手でその身体を抱き上げる、
今まで内田を収めていた体内からソレが抜け出る時小さく息が耳に掛かる

「んんっ」
「・・・・・・夜人、」

眦に溜まった涙が頭を傾けたことで流れ威道の肩に落ちる
その柔らかい髪に頬を寄せて撫で、
身体を起き上がらせた

「何で・・・・・何でそいつばかりっ・・・・・!!」
「ぁあ?」

それまで黙って威道のすることを見ていた内田が、
感情を破裂させたかのように叫んだ

「俺と同じくせに!!」
「・・・・・・」
「俺とそいつと何が違う!?外で生ませた子供じゃねーか!!」

ギリギリと歯噛みし、
罵る言葉がその口から零れた

「そいつは孫で俺は子供だからか!?」
「・・・・・・知らねーよ、そんな事」

威道の侮蔑を含めた視線で返すも聞こえていないのか続ける

「・・・・・・・そいつはっ・・・・・のうのうと何も知らねーで生きてて、あのクソジジィの全財産受け継いで、俺はこの世界に無理矢理連れ込まれてよ!」
「・・・・・・・」
「二十歳を過ぎたら【氷企】を継がせるだと!?頭沸いてんじゃねーのかよっ!!」

内田はそう大声を上げると、
シーツの下に隠して置いてたのだろう拳銃を引き抜いて威道に向ける、
しかし引き金を弾く前にその身体が壁へと吹っ飛ぶ
蹴り上げられた銃がゴトリとベッドの下に落ちた、

「頭が沸いてるのはお前だ」

そう静かな声で言ったのは、
軽く足を浮かせたままの背後に立つ坂上
威道が動く前に俊敏な動きで向けられた銃を蹴り上げその壁へと蹴り飛ばしたのだ

「お前みたいな男と夜人さんは・・・・・比べるのもおこがましい、」
「・・・・・・っ!」
「だそうだ、お前のその考えではあの【氷企】を任せられないと思われたんだろうが、そんなのは自業自得だ人に奴当たるのもバカバカしいと思うがな、」

力の抜けたままの夜人を抱えなおし、
短くなりつつある煙草を銃を持った指に挟める

「口に詰めろ」
「はい」

傷みで身体を丸める内田を蹴り付けて無理矢理顔を上げさせ、
その口に落ちていたタオルを詰め込むと

「取り合えず・・・・・これはな、今、治療を受けている南の分だ、」

視線を上げてきた内田の目に、
短くなった煙草を押し付けた

「ふうぅぅっづぅぃぃいっぎいぃっぐ!!!」

口に詰め込まれたタオルに絶叫が吸い込まれて、
苦しげな声が漏れた

「夜も遅いからな、あまり不用意に叫ばれるのも困る」

目を押さえながら暴れまわるその身体を、
拳銃を軽く振る合図で坂上の後ろに居た男が動いて両手両足を押さえ込んだ

「本当はそれくらいじゃ南の気も晴らせないだろうが、目が駄目になったことでチャラにしてやってくれ」
「っっづぅっぐぅぅう!!」
「で、次は・・・・・・頭を縫ったコイツの分、」

そう言うと今度は膝に7踵を落とした、
軽い何かが砕ける音が室内に内田の悲鳴とともに響く

「こんなもんで、良いか?」
「・・・・・両足でも、まだ足りないくらいですね」
「だそうだ、もう一本だとよ」

言葉が言い切られる前にもう一方に踵が振り下ろされ、
先ほどと同じような音が響いた

「っーーーーーーーーーーーーーーーーーっっづぅ!!!」

思わず背筋に悪寒が走るような音と叫び声に、
暴れる四肢を押さえる男たちが一瞬だけ内田から目を逸らした

「次は・・・・そうだな、生死の境をさまよってるで、あろう片山の分だ」
「あの人なら三途の川で舟代を値切ってるでしょうね」
「言えてるな、」

軽口を叩いて脇腹に銃口を押し付けた
引き金は弾かずに、
その傷みに青褪める顔を見やる

「銃弾3発・・・・・・だったな、」

ドッドッド、
と音を立てて同じ部分に銃弾が打ち込まれた
その目が見開かれる

「な?こんだけしたってお前は死なないだろう?」

笑ってもう3発が同じ場所より少しずれた所に撃ち込まれた
弾がその身体を貫通するごとにビクンっと跳ね上がる、

「簡単には死なねせねーよ・・・・でもなぁ俺はお前と違って夜人にそんな事はさせないし見せない、」

焦点の合わないような顔を銃の柄の所で殴り意識を取り戻させ、
その目が威道に向けられるようにさせる
内田が見たのは、
酷く暗い笑みだった

「後はこいつらがお前と遊んでくれるとよ・・・・・存分に楽しめ」

もう内田に興味を失ったかのようにくるりと踵を返す、
血の付いた銃を放り投げ落とす

「後はお前らに任せた、死んだらどっかに埋めろ・・・・・・・・行くぞ坂上」
「はい、」
「分かりました」

その部屋を夜人を抱いたま出た






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威道組本家に着いたのは日付けがとうに過ぎた真夜中、
出迎える人間の少ない玄関を通り抜け奥へと進む
背後について来ていた坂上がそこで立ち止まり

「私はこれから病院の方に行きます」
「・・・・・・何かあったら知らせろ」
「はい」

頭を下げて坂上は外へと出て行った
それを見送らずに奥へ進み自室のドアを開けた、
しんと冷えるリヴィングを抜け寝室のドアをくぐりそのまた置くにある浴室へと向かう

用意してあった暖かい湯に、
シャツだけを羽織っただけの夜人からソレを脱がし沈める
肩を少し出した状態で縁に頭を乗せる
オレンジ色の浴室の明かりの下、
青白かった肌に赤みが差してきた
それに少し安堵して、
汗の浮いた額に掛かる黒い髪を梳いた

「・・・・・・・・・・」

こんな小さな身体で
まだ何も知らなく、
これからだと言うのに・・・・・
そう思わずにはいられない威道は知らず溜息をついた
それまで眠ったようだった夜人の口が薄っすらと開く

「・・・・・ごめんな、さい」
「・・・・・何がだ?」
「威道、さんに・・・・とえも、ご迷惑をかけま、した」
「・・・・・・・」

少し高い甘い声、
聞きたかった声が浴室の中に響く

「それに・・・・・僕は、貴方にこんなに優しくしてもらえる資格なんて、ないんです・・・・」
「・・・・・・・」

ゆっくりと瞼が開き、
ポロリと涙がこめかみを伝い落ちた

「どうしてだ?」
「だって・・・・・だって、僕は・・・・・・・」

湯の中から両手を出して夜人は自分の顔の前にかざす
暖かい湯の中で赤みが差した腕はそれでも白く透き通るようだった
けれど、
夜人の顔に浮かぶのは汚いものを見るかのような表情

「僕はこの手で・・・・・・お母さんや・・・・・・お祖父ちゃんを、」
「夜人、」
「殺したんだっ・・・・・!」
「夜人っ、」
「何度も何度も何度も何度もっ銃で撃って、何度も!!」
「分かったからっ、それ以上言うんじゃない、」
「だって、何度もっ・・・・・・・僕は!!」

両手を強く握り締め、
それを顔に強く強く押し付ける
それで少しでも自分を痛めつけられれば償いになるかのように

「・・・・・・忘れてはいけないことなのに、僕はソレを忘れて・・・・・貴方の側に居た、」

その状態のままに、
弱く言葉を零す

「僕は汚い人間です、汚くて、ここには居てはいけない・・・・塵になって消えてしまわなければならなんいです・・・・・だから、貴方に優しくされる・・・・ここに居られるっ・・・・・資格なんてない・・・・・!!」
「・・・・・・・・夜人、」

温かい湯の中でも震える身体を濡れるのも気にせずに抱き寄せる、
威道の腕の中で泣きながら、
『優しくしないで』と泣きながら懇願してくる
それでも威道は腕を離さずにその髪を撫でた

「お前が・・・・汚いと言うのなら、俺はどうなる?」
「・・・・・・」
「俺は・・・・・・・お前に酷いことをしていたあの男と同じだ、何も変わりはしない」
「ちがっ」
「違わないよ、この手で何人も殺して許しを乞うて泣く姿を見ても無感情に、殺してきた・・・・・だから、本当は俺こそが夜人に優しくする資格なんて・・・・・ない、」

ゆっくりと髪を撫でながら、
瞼を閉じる
その裏で見えるのは憎悪や怨念の込められた目で威道を見る葬ってきた者たち
自分は汚い人間だと、
夜人が口にするのが間違っている、
なぜなら自分こそがそうなのだと威道は思うからだ、

「威道さんは・・・・・そんなんじゃ、あのっあの人とは違う!」
「・・・・・・」

夜人が、
ぐっと腕に力を入れて威道の胸から顔を上げる
必死に涙を堪えながら叫ぶように言った

「だ、だって・・・・威道さんは、僕に・・・・人の死を見せなかったでしょう?僕に押し付けなかったでしょう?だから・・・・だから、あの人と同じなわけない・・・・・!!」

嗚咽に言葉を切らせながら必死に紡ぐ
堪えていた涙が、
最後の言葉の叫ぶような勢いでボロっと零れればあとは箍が外れたように後から後からボロボロと零れ落ちていった、

「お、おなっ同じ、じゃ・・・・ないよぅっ・・・・!」
「夜人・・・・」
「そんなこ、っと・・・・ぃわない、でぇ・・・・!」

今度はぎゅうっと顔を押し付けるように抱きついてくる、
離れたくない言うように、
その夜人の行動によった眉間のシワが解かれていく

「だったら、夜人もそんな事を言うな・・・・・お前は俺のモノだろう?」
「・・・・・・っふぅ・・・・・?」
「あの時言ったはずだ、お前は俺のモノで此処はお前が帰る場所だと、」

抱きつく身体に腕を回し引き寄せ、
これ以上身を寄せられないと言うくらいまで夜人に回した腕に力を入れる

「此処に、俺の側にいろ・・・・離れるな・・・・いいな?お前は俺のモノだ、」
「ふぅ・・・・・・ぅえぇ・・・・・!!」

威道の言葉に、
何度も何度も頷きながら夜人は泣いた、
声を殺すことなく、
浴室に響きわたるように・・・・・・・・・




高く




高く




声が響いた





記憶は消えない

痛みも消えない

叫びも

泣き声も

衝撃も

いまだ僕の中にある

それでも

それすらも

あの人は包んでくれて

受け止めてくれて

生きていて良いのだと

消えなくて良いのだと

思えた






おわり





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やっと・・・・やっと終わりました・・・・・・!!
無駄に長くて
無駄に暗くて
無駄に痛くて
本当に本当にスイマセン・・・・・・!!!
面白くなくってスイマセン・・・・・・!!!
溺愛ヤクザ・・・・・勘違いしてスイマセン・・・・・・・!!

大反省です、
あぁ・・・・・・もうダメッスね・・・・駄目駄目っすね・・・・・!!
うぅ、



けれど長々とお付き合いしてくださった皆様、
ありがとうございました(礼)




おまけ(笑)