真実を知られたら


きっと


もう


此処にはいられない


優しいあの人も


きっと


僕の


その事を知ったら


優しく


髪を梳いてくれることも無くなる





あの



赤黒い


海の記憶










雨の振り出した国道を黒い車は疾走していた
視界が開けないながらも速度を落とすことなく走る

ハンドルを握っているのは片山、
その隣で坂上は異変を感じ取っていた

「組長、何か後を追う車があります」
「・・・・・」

その言葉に威道の隣に座る南が振り返る
そこには付かず離れず走る車が二台あった
それをバックミラー越しに威道も確認し
極度の緊張と恐怖で疲れた夜人の身体を引き寄せた

「撒け」
「りょーかい!」

その一言にアクセルを踏み込む、
しかしソレを見越したかのように一台の車が目の前から飛び出してきた
スピードに乗り始めたタイヤが嫌な音を立てて滑る
横滑りするのにハンドルを取られ滑る車体が、
そのまま飛び出してきた車に横向きに体当たりした

派手な音を立てて車が衝突する、
ドアや窓に身体を勢い良く叩きつけられた坂上が頭から血を流し気を失い
ハンドルに頭を打ち付けた片山はどうにか鈍る意識の中で頭を起こす
鈍る身体で背後に目を向けると
同じく飛ばされて威道の下敷きになる南とその威道に庇われる形で気を失う夜人が目に入った

ぐらりと揺れるような頭を押さえ、
声を掛けるが誰一人として目を覚ますものが居なく
良く見ると南の頭の後ろにあるガラスが割れてその破片が肩に突き刺さり血を流す威道が目に入る、
南の方はもっと凄いことになっていた

「・・・・っく・・・」

全員を起こそうと声を出そうにも打ち付けて鈍る頭が正常に働いてくれず、弱く隣の坂上の身体を揺らす事しか出来なかった、
その内、
威道側のドアが開かれる
すっと伸ばされた腕とともに見えた顔
ソレは先ほどまで己の目の前に座っていた内田だった

片山の視線に気付き、
ふと笑みを浮かべると何事も無かったかのように夜人の身体を軽々と担ぎ上げてしまった
次には、
空気を震わすような音とガラスの割れる音が鳴り響き、
自分の身体に衝撃が数度走り抜ける

その音と衝撃に視線を下に向けると
腹部や肩から血がドクドクと噴出していた

撃たれた、
そう認識するといっきに傷みが体中に広がり意識が遠くなる
このままで終わるのか、
頭の中で叫ぶと
片山の意識がそのまま途切れた

割れたガラスの窓の外で、
車が数台走り抜けるのを捕らえながら


次に目を覚ましたのは坂上、
目を開くと一気に頭に響くような傷みに一瞬目を閉じる
その傷みをどうにか押さえつけもう一度目を開くと最初に飛び込んできたのは
荒い息をついて体中から血を流す片山だった

「片山さんっ!!」

思わず叫んでその身体に触れる
血の流しすぎで冷たくなりつつある腕にゾッとしながら後部座席へと視線を移す
同じく血を流しながら頭を垂れる威道の姿が目に入った
震える指で内ポケットに入れておいた携帯を取り出し
今この場に必要な人物へと回線を繋げた

『もしも〜し、どうした〜?』

ワンコールで陽気な声が返ってきた
繋いだ回線は先ほどまで一緒に居た久保田である

「久保田さんっ・・・・襲われました・・・・!」
『・・・・今どの辺り?』
「けっけん道を抜けて、バイパスの交差、て・・・っす・・・・・!」
『落ち着いて、すぐにそっちに人を向かわせるから誰か怪我人は?』
「かた、片山さんが撃たれて・・・・出血が、血が・・・・!」
『止血できるもので押さえて、威道は?』

指示される言葉にカクカクと頷いて、
着ているスーツのジャケットを脱ぎそれを溢れ出る傷口へと押さえた

「た、たぶん・・・・気を失ってるだけかと、お、おもい、ます」
『怪我は?』
「肩に、ガ、ガラスが・・・・あって、南も・・・・怪我を・・・・それに!」
『どうした?』
「な、夜人さんがいません!!」
『・・・・・・・・』

ドアが開け放たれた外を見ながら驚愕する、
電話の向こうで息を呑むのが分かった

『坂上、落ち着いて威道を起こせ』
「は、はい」
『後5分でそっちに着く、片山の傷口は押さえたままで離すなよ?』
「は、い」

そう返事をして回線を切った
傷を押さえた手は血で紅く染まり
目の前の人物の命が消えそうになるのを感じた
そんな考えを頭を振って追いやり
その手のまま威道へと声を掛けた

「く、組長っ・・・・・・組長、起きて、お、起きてください!!」

何度目かの問いかけでビクリと大きな肩が揺れた
ゆっくりと頭が上り、
傷みに顔を顰めて頭を振るのを見る
意識がはっきりしてくると視線を坂上へと向けた

「坂上・・・・・?」
「先ほどの車に襲われたようです、片山さんが・・・・片山さんがっう、撃たれて・・・・!」
「何っ」

南の方に視線を向けて、
気を失っているだけなのを確認していた威道がその言葉に勢い良く振り返りシートに手をかけて前の様子を窺った
坂上の押さえつけた手の血と、
噴出すように流れる血を見る

「・・・・・・・」
「久保田さんに、連絡を入れました・・・・・後数分で着きます、」
「片山、」
「それと・・・・・夜人さんが、夜人さんの姿がありませんっ」

ハッと目を見開いた威道は漸くその事に気付き、
自分の隣へと視線を移す
そこにいたはずの子供の姿はなく、
ドアが開いたままとなっていた

呆然とするその姿に、
弱弱しい声が

「う・・・・・うちだ、が」
「片山さん!?」
「片山っ」

荒い息をつきながら薄っすらと目を開き
言葉をつむぎだす

「あの、男・・・・が、ない、とさんを・・・・・・っ、つれて・・・・いきま、した」
「あの男・・・・?」
「内田・・・・・悟、です・・・・・・あのっ・・・・男、」

グッと眉を顰め、
痛みに耐えながらそう口にする
その言葉に沈黙が落ち、
外で急ブレーキを踏む音ともに数台の車が止まる
そしていくつもの足音とともに顔を出したのは久保田だった

「威道っ!動けるなら向こうの車に乗れ、警察が来る」
「・・・・・・」
「片山は俺が連れて行く、放して良いよ・・・・・かして、」

運転席のドアを開けて、
坂上の手に押さえられた傷を別のモノで押さえた

「事情は蓮水が聞く、ぐずぐずするな車に行け」
「・・・・・分かりました、」

言われるがままに車から降り、
その奥の南の身体もゆっくりと引き摺り下ろされた

「片山は?」
「死なせないから、安心しろ」
「よろしくお願いします」
「俺を誰だと思ってるの?取り合えず早く行け」

またもや犬猫のように手を振って追い払われる場違いに苦笑が浮かんで、
運ばれていく片山と南の姿を見送る、
その後に呼ばれるまま一台の車に坂上とともに乗り込んだ、

車は音も無く走り出し、
先ほど走ってきた道を戻り始めた
その静かな車内の中で威道は乱れた髪をかき上げる
混乱していた頭が、
その静けさの仲で冷たく冴え渡り
先ほどの片山の言葉を思い出していた

内田 悟

こんなに早く手を下してくるとは思わなかった、
むしろその行動に移す要因が分からなかった
しかし、
今この場に居ない夜人の事を考えると
やはり夜人は記憶を無くしているだけで何かを知っているらしかった

その考えを巡らせる中で
車は蓮水の本家へと滑り込んでいた







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目を開いたら見知らぬ天井があった
白い天井、
周りを見渡してその場所を確かめるが
そこには自分が寝ているベッドの他にこの部屋の入り口であるドアと窓しかなかった
とても不安を掻き立てるような何も無い部屋で
夜人は身体を起き上がらせる
居るはずの人の姿が無く、
震える指を口元に当て押さえた

『威道さん』

その名前を音にせずに呼ぶが当たり前のように答えは無く、
窓を打つ雨音だけが静かな部屋を満たしていた
ベッドの上で膝を抱えたところで、
ガチャリとドアが開かれる、
そのドアの隙間から白い光が入り込み部屋を照らした
そちらに目を向けると逆光の中に男の人影がありゆっくりと近づいてくる、
その何も言わぬ男が近づきにつれ、
言い知れぬ恐怖が夜人の身体を支配する
いまだ顔は見えぬがその男の姿かたちと雰囲気に覚えがあった

「・・・・・・・、」

ゆっくりと近づき、
暗闇になれて痛む視界の中その男を見上げる
途端に脳裏をフラッシュのように怖い記憶が走り抜ける

「っ!」
「やっと・・・・・見つけたぞ、夜人・・・・・」

声が
身体が夜人に近づけられる
逆光で見えなかった顔がはっきりとしその顔が露になった
またもや鋭い光のように脳裏や瞬きする瞼の裏に記憶が通り抜ける
その記憶が通り抜けると
ガタガタと身体が震えだした

思い出したくない何か、
忘れたはずの何かが夜人の記憶を刺激した

「何て顔している・・・・・俺を忘れたのか?」
「・・・・・・、」

震えを我慢しながらその男の視線を捕らえる、
死人のように色の無い瞳、
しかしそれ以上の冷たい何かを漲らせた瞳は
強い光を放っていた

「それとも、自分のした事を忘れたのか・・・・・・夜人?」
「・・・・・?」

訝しむようにその瞳を見詰めた、
自分のした事、
自分のしでかした事、

「忘れるなんて事するはずがないよな・・・・・お前の手が紅く濡れた記憶を、」

紅く濡れた記憶、
その言葉に自分の掌に視線を移した
そこにはその男の言葉通りに汚れていなかったはずの手や腕が赤く染まっていた

「ーーーーーーーーー!!」

声にならない悲鳴が夜人の口から発せられる、
その声とともに、
脳裏に光が爆発した

一瞬で溢れかえる忌々しい記憶



『ッキャーーーーー!!』



忘れたくて
消したはずの記憶が甦ってくる

「そう・・・・・お前は自分の手で自分の親を殺したんだろ・・・・?」

男が驚愕に目を見開く夜人の顔を上げさせてその瞳を覗き込んだ
聞こえるはずの無い叫びが、
その男の声の裏側で聞こえた



『助けて!!止めてーーーーーー!』
『ぐゥ・・・・うう!!』




優しかった母の悲痛な叫び声、
傷みに叫ぶ祖父の声



『止めてっお願い!!』



その2人をそのようにしたのは自分だったと、
あの時、
自分は確かに大好きな母と祖父をこの手で殺したのだ



『すま、ない・・・・・』



一息ではなく
苦痛を与えながら

目の前の男に飲まされ続けた薬の所為と言えば言い訳かもしれない、
しかし、
どんな理由にしろ確かに銃の引き金を何度も引いたのは自分
背後にその男が立ち、
引き金を引くのを手伝う
衝撃で飛ばされないように背後に立ち夜人の身体を腕を抱きながら、
その意識に朦朧としている夜人の耳元で囁きながら



『お前の手で殺せ、お前の大事なものを壊してしまえ』



嫌だと叫んでも
身体の自由は効かない、
泣き叫んで助けを請う母の右足の甲から銃弾を撃ち込み数センチと離れることなく弾をいくつも浴びせていった、
太ももまで来たところで銃創に弾を詰め、
次は反対の端から同じように弾を撃ち込んでいった
撃つごとに悲鳴をあげ、
身体をのたうち回せ
逃げようともがく
しかし、背後の男はソレを逃がさぬよう夜人の身体を押して血で濡れる体を跨いで押さえつけた



『まだ・・・・穴が開いていない所があるぞ、』
『・・・・・・・』




そう言いながら肩に向かって引き金を弾き、
血が飛び散る
その血が自分の頬にかかるも拭いもせず
言われるがまま誘われるがままに引き金を反対の方に向かっても弾いた

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

傷みと夥しい量の出血でショック死するまで
その銃弾を母に撃ちこんでいく
死んでもなお、
その身体を切り刻むことまでもさせられた
手を切り指を切り
足を切り何等分にもして
首を切り離して
音をくり抜いて
その途中で意識を取り戻せば
口に無理矢理、薬を押し込まれ飲まされ
薬の所為で発情して無茶苦茶に抱かれ
また薬を飲まされて
次は祖父に同じことをしていったのだ、

バラバラになっていく
大好きな面影が消えていく

その横で、
皆散らばる中で
何度も抱かれて




思い出す





叫ぶ声


悲鳴


許しを請う声


身体に走る衝撃


噎せ返るような血の匂い


口に広がる


チョコレートの味


目も眩むような快感と


傷みにも似た


快楽


涙は止めどなく溢れ


紅く濡れた手を濡らすも汚れは落ちない





思い出す





「あ、あ、あ・・・・・あぁ・・・・・!!」

久方ぶりに音になった声は掠れ小さな叫びと嗚咽、
汚れていないはずの腕をシーツに擦りつけ夜人にだけ見える血を落とすように動かした
その行動、
表情を目にして内田は狂気に犯された笑みを浮かべてその小さな身体を押し倒した
涙の浮かんだ正気の無い瞳を覗き込んで、
錠剤を自分の口に放ると
ソレを夜人の口に押し付け
深く舌を潜り込ませて無理矢理飲み込ませた
一瞬目を見開いて
抵抗を示すも遅く
喉を落ちてく

「久し振りだろ・・・・この味」

口に広がるチョコレートの匂い、
思い出す身体の疼き
嫌だと頭は否定をしても
身体は意思に反して目の前の男を強く抱き寄せていた

「いや・・・・いやぁ・・・・やぁ・・・・・!

否定を口にしても
身体は快感を求め浅ましく息づく
触れても居ない自分自身からはもう何かが滲み出て着ているものを濡らしている
触れる全て物がもどかしくて、
そのもどかしさで快感を得、
揺らめく

薬で慣らされ、
反応するように短時間で仕込まれた身体は、
内田の思うがままに乱れた

認めたくなくて
閉じた瞼の裏に見える
あの人の
優しい笑み








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「沁みたら言ってください」
「・・・・・・」

身体に刺さったガラスを抜かれ、
ソレが終わると消毒を塗られた
一人の男が背後に立って傷を癒していく
お抱え医者の人間かと思ったら見たことのない男で、
この世界とは無関係そうな面をしていた
しかし、
このような場に居ても怖がるところか
見るからも平静に治療をこなしていく

窓に映るその顔を気付かれずに見やった
どこにでもいるような医者にしか見えない
そう思ったところで、
部屋のドアが開く

「蓮水、どうだ」
「居所は突き止めた、事務所でも氷企本家でもなく内田本人の隠れ家だった」
「で?」
「今、逃げられないようにその場にお前のを数人立たせて見張らせている」
「・・・・・・・・片山の方は?」
「まだ、何も連絡は入ってこない」
「・・・・・・・・・・」

その答えに苦虫を噛み潰したように沈黙すると、
黙って傷の治療をしていた後ろの男が口を開いた

「大丈夫ですよ、」
「・・・・・・・・何故そう言える・・・・・」
「だって、久保田が大丈夫と言ったのでしょう?だったら、大丈夫なんです」

そう言い切って包帯を巻いていく
顔を顰めて今度ははっきり窓に映る顔を見やると、
そのガラス越しに笑みを向けられ

「アレが口でそう宣言したら何事も全部上手くいく、それが俺たちの間じゃ常識ですよ?」
「あぁ・・・・・そうか、君か・・・・」
「ご無沙汰しております」

目の前の蓮水が驚いたように何かに気付くと、
背後の男は笑みを深くして軽く頭を下げる

「はい、終わりました。簡単に縫っただけなので後は病院なり久保田なりに見せてください、消毒は出来るだけするように、」

ポンと、反対の肩を叩かれて終わったことを知らせる
肩から下ろしていたシャツを着直しボタンを留めネクタイを締めてジャケットを羽織った
椅子から立ち上がり、
道具を片付け終えこちらを見てくる男に向き直る、
背は幾分自分より低く軟弱には見えない程度の細身の男だった

「それでは、俺はコレで」
「泰斗に挨拶して行くなら奥に居る」
「そのつもりです・・・・・では失礼します」

男は軽く頭を下げて出て行った
その姿を見送って、

「お前の知り合いか?」
「いや・・・・・泰斗の後輩で、和泉の」

後に続くはずの言葉と重なるように、
ドアが開かれる

「組長、準備が整いました」
「分かった」

入って来たのは坂上、
頭に包帯を巻いていた

「じゃスマナかったな蓮水」
「いいや、気をつけろ」
「・・・・・・・・あぁ」

威道が出て行き数分後に窓から見える中庭から車が2台走り去る、
それを黙って見送ってからゆっくりと椅子に座った
前髪に指を入れてかき上げる途中で頭を抱え小さく息を吐き出したところで、
部屋を叩く音に顔を上げる

「入れ、」
「失礼します」

入ってきたのは久保田以外に信用のできるそばに仕えた男、
その後ろから見知らぬ男が一人が一緒に入ってきた
表情を変えずにその男を見詰めると、
頭を下げて手にしたカバンから何かを取り出した

「申し遅れました、私、日岐浩三氏の弁護士で塚田と申します」
「弁護士?」
「はい、このたびは浩三氏の遺言によりこちらを貴方様に届けるように申し仕っております」

そう言って差し出してきた白い封筒

「遺言、だと・・・・・」
「はい、浩三氏が亡くなってから三ヶ月が過ぎたその日に、蓮水様に届けるようにと言われております」
「・・・・・・・・・」

手渡されたその白い封筒を開け、
中身を読み始める
その中の内容に軽く目を見開いた

「・・・・・・だからか・・・・・」

蓮水は小さく呟いた、