幸せは






そうは続かない







脆いガラスのように





一度ひびが入れば





ソレは簡単に




壊れてゆく









あれから三ヶ月が過ぎた
夜人は随分と見違えるようになり
細すぎた身体も
病的な白さの肌も
健康な状態に戻っていた

最初の頃は
慣れない環境に戸惑い
眠れない日々や
あまり物を口にしていなかったが
日が経つにつれ慣れてきたのか
威道や、
側付きとしている片山や坂上、南の他の組員にも笑みを見せるようになっていた


ただ
まだ声は戻ってはいない







今日も遅くなった帰宅に
玄関まで迎えに来た夜人の軽い身体を抱き上げた
15を過ぎる男にする行動ではないが、
元来の甘え癖のある子供なのか、
その行動を恥かしがりはすれど嫌がりはせずに腕の中に納まる

「ただいま、夜人」
「・・・・、」

音にならない声で『おかえりなさい』と告げられれば知らず笑みが浮かび、
周りを困惑と混乱の坩堝に突き落とすも
慣れ始めた片山たちは気にした素振りもなく後に続く

「変わった事はあった?」

夜人の後に続いて奥から顔を出した坂上に問いかければ、
笑いながら首を横に振る

「いいえ、いつも通りです」
「そうか」

危惧されていた薬物の副作用は久保田の知り合いの研究所で開発された試作品の解毒剤で、
その作用は見られず大人しくしているようだった

あの時の気をつける要素として
もう一つあったのが
薬物の副作用にある依存性だった
『Over』の持つ催淫効果が持続的に見せると言われたが、
目に見えてその症状は今でも起こってはいなかった

「夕飯は食べたのか?」
「・・・・・、」

問いかけに困ったように横に振られて
またか、と呆れながら溜息を一つ

「先に食べていても良いと言っているだろう?」

そう言えば、
寂しそうに首が横に振られる

「坂上、用意は?」
「整っております」
「・・・・・・取り合えず食うか、な?」

高い位置にある夜人の瞳を覗き込むと本来の淡く白い肌に黒い長めの髪が揺れ、
夜人はふわりと笑みを浮かべて首に抱きついてきた
その髪を一撫でしてから下ろし、
その背を押し歩くことを即して奥のプライベート用に仕切られた居間へと入る
そこには大きな炬燵の上に、
所狭しと並べられた数人分の食事が用意されていた

「あっれ〜もしかして俺らの分もありなのかな?」

嬉しそうな片山の言葉に夜人は頷いて、
威道の隣に腰を下ろす

「南の分もあるぞ、座れ」
「ホンマですか!?うっわーーー俺、実を言うと昼から何も食ってへんかったんですよ!!」

坂上の言葉に歓喜の声をあげ急いで炬燵へと潜り込んできた
よそられた湯気の立つ白いご飯を受け取り、
箸を両手に挟んで拝むと
一斉に声が上った

「「「いただきます」」」

その声と同時に、
和やかに遅い食事か始まる
話すことよりもかき込むことに忙しい南を横目に笑いながら夜人に色々と話しかけて笑う片山、
その奥の坂上が、
片山の背越しに封筒を渡してきた
手にした酒を置いて受け取る

「少し気になることがありましたのでご報告です」
「・・・・・・」

頷いて中に目を通すと、
宮元建設の契約に関することや、その上の木尾田組の動向が書かれたいた

「随分と良い物件を連続して落としてるみたいだな・・・・」
「はい、正規の取引ではあるようなのですが裏に何かあるようです」
「・・・・・・」

酒を口に運びながらその書類を凝視する、
すると

「俺も色々とわかりましたよ、」
「?」

視線を上げて片山を見詰めると大きく頬張ったご飯を租借しながら茶碗を置いてポケットの中の白い紙片を広げる、
ちょっとまってくださいね?と言うように片手を威道に向けてから口の中のモノを飲み込むと、

「父親の方ですが、どうやら消されたような痕跡がありますね」
「・・・・・何?」

敢えて名を上げずそう口にした
横の夜人は話しの邪魔にならないように大人しく食事を続け横の南に目を向けて笑っていた

「上場取引の際の取引額が極秘に宮元建設側に流れていたようです、その事実を知ったようで」
「・・・・・・・」
「もう一つ、どうやら木尾田組は大きな後ろ盾があるみたいで好き勝手にやっていますね」
「ドコだか割れているか?」
「それがキレイさっぱりとありません」

魚の骨を取り除きながら首を傾げる
猪口の中の酒を飲み干して考えを巡らす
何か引っかかることがあるのだがそれが分からなかった

「あとですね、あの壮絶だった部屋が綺麗さっぱり片付きましてね、その何も無い筈の部屋に誰か入ったみたいでして、鍵が壊されていました」
「無くなっている物は?」
「最初から物がないのに取れるものはありませんよ」
「・・・・・・・・」
「だって床も壁も全部剥がして入れ替えたんですからね」

夥しいあの黒い血の海を思い出し、そう簡単に元通りにはいかない
全部を新しい状態にしなければ無理だろう
その何もかも新しいその部屋に何があると言うのか、

「どうせ、その裏取引の書類やらが部屋に残ってるとでも思ったのでしょうね」
「秋山は?」
「何も出てきてはいないようでは、あります」

確認は出来ていませんが、
そう続けた

秋山とて警察の人間である
見つけた事件になる証拠は自分の手元においてあるのだろうがこちらに関する事については持ってくるようになっている筈なので、
ソレがないと言うのは関係がないのかと考えた

「あ、それと明日なんですが、蓮水の本家に顔を出すようにとの事です」
「・・・・・何?」
「おっとついにあの話しが本題に上りましたね?」

言い難そうな坂上の言葉に一気に不機嫌になる威道、
その横で片山が笑いを抑えながら茶化してきた

『氷企』の跡目に関しての事だろうと予想は付く、
あの時はっきりと断わっておいたのだが、
あの男は諦めてはいなかったようだ

「幹部連、他に内田さんも来るそうですので必ず顔出すようにとの事です」
「・・・・・・・・・」
「組長、飯が不味くなります笑顔笑顔、それに夜人君も困ってますよ?」

その言葉に、
隣に目を向けると困ったように威道を見詰める夜人がいた、
内心では毒つきながらその柔らかい髪を撫でる

「何でもない、ちゃんと食え」
「・・・・、」

撫でられるのが気持ち良いのか、
ふわりと目を細めて頷き箸を伸ばした

「それと久保田さんが検診したいと言うので夜人さんもお連れするようにと、」
「あの人の場合、夜人に構いたいだけだろ」
「言えてますねーー」

呆れて溜息をつけば片山が笑い、
南がむせこみ、
坂上が困ったような表情で夜人を見詰めた
当の本人は箸を咥えたまま首を傾げている

嵐の前の
和やかな雰囲気

その時は
まだ・・・・・・







■□■□■□■□■□■□■□■□■□





次の日、
雨が降りそうな雲の下
双頭会、蓮水組本家の前に威道たちは立っていた
黒塗りの高級車から降りる夜人が出るのを待ってから出迎えの人間が立つ横を通り過ぎる
見た目が見た目なだけに萎縮している夜人の手を取って歩くと、
威道のそんな行動に横の男達は間抜けに口を開いたまま立ち尽くしている

どこかで見た光景に
後に続いた3人が苦笑を零しながら続いた

中へ通されると、
集まる幹部連も揃っているのかザワリと騒がしくなっていた
その中に片山組の親父の姿を認め近づいた

「親父、ご無沙汰しております」
「おーおー威道、久しいな!元気にしとったか?」
「おかげさまで、親父も相変わらずお元気ですね?」
「耄碌なんぞしとらんわ!お、右京も元気そうだな?!」
「ジーさん、まだ死んでねぇのか」
「はっ小童に心配されるほど落ちぶれとらん!!」

がはははと、
豪快に笑うその姿に後ろの片山が呆れたように肩をすくめた

蓮水組傘下・片山組組長、片山眞一郎 −かたやま しんいちろう−

幹部連の中でもその発言力は絶大で、
若き組長、蓮水京介の後継人として後ろに控える男だった
片山のぞんざいな態度のわけは、
戸籍上は親子の関係を築いているからだった

「ところで、その小っこいのは何だ?お前、子供おったか?」
「隠し子も結婚もしていませんから俺の子ではありませんよ」
「ほーほー・・・・・・で名は何だ、ボウズ?」

気の良い爺さんのように体を組んで話しかけると、
夜人は困ったように威道を見上げた

「名前は夜人です」
「ん、いかんぞ男なら男らしく自分で名乗らんと!」
「声が出ないんだよ」
「・・・・・・・、」

片山の言葉に申し訳無さそうに頭を下げると、
御大将は眉尻を下げて

「おーーそれはスマンかったな、ん、でも可愛い子だのう」

グリグリと力加減なく髪をかき混ぜるとその動きに振り回されるように回る夜人、
その姿が可哀想になって止めようとしたところで、
片山がその手を払い落とした

「ジジィ手加減しやがれ」
「がっははっはっは!!」
「笑い事じゃねーぞ、クソジジィ!」
「・・・・・・」

相変わらずの2人のやり取りに軽く息を吐きながら、
いつの間にそこに来ていたのか久保田が立っていた

「何してんの?」
「おっ久保田!!お前も相変わらず浮名を流してやがるな!?」
「片山さんの若い時ほどじゃないですよ、それに流してる浮名が色恋沙汰じゃないけどね」
「・・・・・・・」

ひょいっと方眉を上げてそう言う、
久保田の流す浮名とは暴れたことを言っているのだ

「さてと、こんなむさ苦しい所は何だし、夜人君こっちにおいで」

ちょいちょいと手招くのに頷いて走りよる
その後に続こうとした片山に、

「お前は良いよ、来るなら坂上君ね」
「・・・・・・・・・・・・」
「坂上」
「・・・・・はい」

久保田のお気に入りが坂上でお気に召さないのが片山である、
言われた本人は憮然としたような顔で笑う義理の親父を蹴り付けていた

「それではよろしくお願いします」
「おいよ!」
「・・・・・・、」

久保田について行きながら手を振る夜人に頷いて見せて、
姿が見えなくなったところで、
その雰囲気が冷たく凍りついた
本来の雰囲気が威道の周りを包むと和やかなその周りが張り詰めたようになる

周りで見ていた他のモノも、
その姿を視界に入れる危険と判断したかのように一同に目を逸らした

ソレを気にすることなくむしろ目に入っていないかのように、
幹部連が集まる部屋へと入る、
目が合った蓮水の隣に腰を下ろしたところで話が切り出された

「今回集まってもらったのは、空いたままの『氷企』の跡目についてだ」

蓮水が抑揚の無い声で切り出すと、
周りからそれぞれ跡目にふさわしい名が挙がる
その殆んどが、
威道の向かい側に座る内田だった

「ワシは氷企の若頭だった内田が適任だと思う」
「おー氷企には氷企に居た者が相応しい」

幹部連の殆んどは内田に金を積まれたものが多い、
今回もそうなのだろうが威道にとってはそれはとても好都合だった
継げと言われてもその気は一切無いのだから、
このまま内田に決まれば万々歳なのである

「ワシは、威道が相応しいの〜」

そんな所である意味余計な発言をしてくれるのが片山の御大将である
義理もあるのだが、
如何せんこの場に実はあまり居て欲しくない人物だった
こうなる事を分かっていたからである
ただでさへ発言力のある男だ、
金を積まれた他の幹部連も片山の発言を無碍にすることが出来ずに、
口々に威道も相応しいと言っていた
その声に微かに顔を顰めれば、
上座にいる蓮水が小さく笑いを零し

「正直なところ、俺も威道が相応しいとは思っている」
「・・・・・・」

余計なことを、
と横目に睨めば蓮水は笑みを浮かべた

「しかし、これは推薦だけでは勤まらない本人の意思が無ければな」
「・・・・・大将には申し訳ないのですが、俺は今のままで良いと思っている」
「無欲は良くないぞ」
「いいえ、無欲なのではなく俺には適任だとは思わないのですよ」

そう返すと、
片山は顔を顰めた

「内田も悪いとは思わん、しかし経験が足りんのだとワシは思う」
「そうですね・・・・内田、この世界に入って何年だ?」

蓮水の問いかけに内田は、
今まで何も発言せずに無表情だった顔に薄っすらと笑みを浮かべた

「若輩ながら、7年になります」
「その短時間でそこまでのし上がれた技量は認める、しかしな・・・・それだけでは、」
「イヤしかし大将、氷企の居ない間すいぶんと動けてだではないか?」
「あぁ士気の下がる氷企を取り成せたのも内田のおかげぞ?」

ざわざわとなり出した室内に口々に色々と言葉が上ってくる
長くなるな、
そう思いながらフと目の前の男に気付かれないように視線を向けると
この場に相応しくないような笑みが浮かんでいた、
どこか白々しいような、
冷めた色合いが自分の事であろうに見詰める先の眼差しに浮かんでいた

それに気付いて、
前に聞いた蓮水の言葉を思い出した
凭れる革張りの椅子に背を預けると後ろの片山が俺だけに聞こえるように声を掛けてくる

「何か腑に落ちない男ですね」
「・・・・・あぁ」
「蓮水さんの言っていた意味がわかる気がします」

その言葉に、
こちら側に腕をついて頭を寄せた蓮水が、

「・・・・ちょっとした情報が入った、」
「何だ」
「あの男、氷企の愛人の子だそうだ」
「・・・・・・・・本妻を差し置いてあの座か?」
「あぁ・・・・・まぁ気持ちが分かるが、よくもま〜消されずに居るとは思わないか?」
「・・・・・・・」

本妻の方の息子も無能ではあるのだがそれなりの名はあった、
その3人を差し置いての本家若頭となると問題も起き最悪の場合には抗争の原因にもなりかねない
しかし、いまだかつてあの内田が若頭の座についてからそんな問題が起きた様子が無かった
この場に、
その3人が顔を見せていないことも不思議であった

「金で片が付くような事でもないでしょうにね・・・・・」
「そう・・・・今回の件もアイツの仕業だろうな、」
「・・・・・・自分が氷企の座に着けば待遇が良くなるとでも言ったところか・・・・」
「無能はやはり無能だろう」

冷たい蔑みを口にする蓮水に、
同じく威道も軽く頷いた
決まりそうも無く長くなるその話し合いに終わりを告げるかのように、
蓮水が身体を起こす

「決まりそうにも無いようだ、ここは多数決と行こう・・・・・・・威道が相応しいと思うものは?」

その言葉に、
数十人居る男の中から片山の大将を含めチラホラ手が上った

「では、内田が相応しいと思う者は?」

大多数の手が上る、
納得がいかないような大将には悪いが内心胸を撫で下ろした、

「では、内田に『氷企』の跡目になってもらうという事で、決まりでいいな?」
「俺は問題ない」
「俺もありません」

威道が頷き、
内田も同じく頭を下げた

「では内田、お前にはこれからこの双頭会の先を担うモノを背負ってもらうが良いな?」
「これからの繁栄に微力ながらお力になれるよう努力いたします」
「・・・・・・では、この場をお開きとしよう」

その声でそれぞれ席を立ち上がった
ゾロゾロと出て行くのを見送って部屋に威道と蓮水、そのお互いの後ろに控えた者以外いなくなって静かになる部屋で、

「残念だったな?」
「まさか、胸を撫で下ろしたのに」
「そうか?俺は残念だ、お前が俺の隣に立つかと思うと楽しみだったのにな」
「お前の隣には、俺は似合わねーよ」

吸わずにいた煙草の煙を吐き出して、
迷惑気にそう口にすれば蓮水は声を立てて笑う

「本気でそう思ったんだ、いつかはお前が此処まで来るのが楽しみだよ」
「一生ねーよ」
「そう言うな、考えておけ」
「・・・・・・・・」

有無を言わせぬ本気の声に、
溜息を吐き出したくなった

「ところで、あの子供の様子はどうだ?」
「あぁ・・・・・・・元気にはなった、まだ声は戻らないが」
「そうか・・・・和泉のところか?」
「定期的検診で見てもらっている」

蓮水は頷いて立ち上がる
それに続いて威道も立ち

「今回のところはコレで仕方ないな、次は覚悟しておけよ?」
「まだ若いからな内田は、そんな何十年後の事なんて考えてられるか」
「どうだか、」

蓮水は笑いながら煙草を灰皿に押し付けた
心底楽しそうに笑う男も穏健派とは言われてるが、
その内に秘めるものは威道でさへ敵うものではない
さすが双頭会を長い間、束ねるだけの男である



■□■□■□■□■□■□■□■□■□





「ん、傷も大分良くなってきているね・・・・・上出来、」
「・・・・・・・、」

肌を検分しながら、
腕を動かし下手にリハビリされていないかを確かめる
白く淡い色の肌には、
いまだ薄っすらとだが傷が残り痣が見える
深くあった傷は残っているようだった

「ちゃんと消毒もしてたね?」
「俺が見てますので」
「ん、坂上君に任せて置いて良かったよ」
「いえ・・・・リハビリの方は組長がなさっています」

苦笑を浮かべて返せば、
久保田が笑う

「あの男もどうやら夜人君にそうとう入れ込んでるみたいだね、」
「えぇ」
「良い傾向に変わってるみたいだし、ソレも上出来」
「・・・・・・はい」

冷たい男の温かみを帯びる目を見てのこの言葉である
坂上は少し嬉しそうに頷いた

「どれ・・・・声はまだみたいだね?」
「・・・・・・、」

細い首に手を這わせて、
喉を様子を探る
調べで声帯が壊れているわけではなかったので、
やはり精神から来るものだとは分かっていた

あの酷い状態では仕方ないことだとは思い、
それでもここまでになったのだからそろそろではないかとも考えていた
心配そうに見上げてくる夜人に笑いかけ

「大丈夫、きっとちゃんと喋れるようになるから安心してね?」
「・・・・・、」

その言葉に頷いて、
口の動きだけで『ありがとう』と言う気持ちを告げると
久保田はその髪をくしゃくしゃと撫でかき混ぜた

「んん〜〜ホント可愛いね、アレには勿体無いよ!」
「・・・・・?」

ニコリと笑みを浮かべる夜人の頭を抱き寄せて横に振る
困ったような嬉しいようなそんな表情を浮かべてされるがままの夜人、
その2人の様子を見詰めながら坂上は表情を和らげた

「そろそろ終わりそうですかね?」
「ま〜長引いても終わる頃だね、今日はこのまま帰るのかい?」
「はい、残らずに戻ります」
「残念、一緒に会食できると思ったのにな・・・・・・今度は一緒にご飯食べようね?」

腕の中で見上げてくるそのくせの付いた髪を撫でつけ、
頷く夜人を放す

「はい、じゃ〜〜終わり。次は一ヶ月後に見せてね?」
「・・・・・、」
「分かりました」

椅子から立ち上がり、
部屋を出て廊下を進むとぞろぞろと男達が歩いていた

「ここで待ってて、見てくるから」
「はい」

萎縮している夜人の様子を見て留まらせ、
久保田はその人の群れを突き進み姿を消した

中庭に面した廊下の外の景色を眺めながら待つと、
一際目立つ男がその場で誰かと話していた

「・・・・・・・、」

夜人は気にするでもなく中庭を眺め目の端に映ったその姿へと視線を移す、
背の高いその後姿に何か嫌なものを感じ、
隣の坂上の腕を握った

「・・・・・夜人さん、如何致しました?」
「・・・・・・、」

青い顔で外に視線を向けるその表情に顔を顰めて、
視線の先へと向けた
そこに見えるのは背を向けた男の姿
周りに控える見覚えのある顔でソレが誰だか認識する、

「内田さん・・・・・・」

その名を口にした瞬間、
背を見せていた男がその背後から誰か声を掛けてきた男のほうに振り返った

「ーーーーーーーーーっ!!」

その顔があらわになると夜人の身体がガタガタと震えだす
異常な反応に坂上は眉間のしわを深くして、
小さな身体を自分の懐へと抱き寄せ外が見えないようにした

「夜人さん、大丈夫ですか?」
「・・・・っ、・・・・・・・!」

震えながら坂上にきつく抱きつく
その背を困惑しながら撫で、
もう一度外へと視線を戻すと
誰かと話していたであろう内田がこちらを見ていた

「・・・・・・・・」

視線が合っていそうで合わないそれは、
自分の顔の下、
震える子供へと向けられていた
目を見開いてその子供を見ていたが坂上の視線に気付いたかと思うと歪んだ笑みが向けられる
ゾクゾクとするような冷たい笑みに、
背筋に嫌な汗が流れた、
表情にはおくびも出さずに軽く頭を下げると
笑みを浮かべたままその男は軽く手を振ってその場を離れていった
その時、
離れた場所でも分かった口の動き、
何かを言っていたようだったがソレが分からなかった

坂上はその場に立ち尽くし震える夜人を護るように抱き寄せたままいた
久保田が戻ってきて青褪めた夜人を見ると、

「何があった?」
「それが・・・・・・急に、」
「じゃぁ何を見たの?」
「・・・・・・・外を・・・・外に居た、あの内田さんを・・・・・」
「・・・・・・・・・」

真剣な表情で何かを巡らせると、
近くに居た組員に威道に来るように命じた
言いつけられた男は慌てるように走っていき数十秒後には威道たちを連れて戻ってきた

「・・・・・夜人?」

坂上に抱きついているその身体に顔を顰め呼びかけると、
小さな身体はビクリと反応を見せて振り返る
青褪めた顔に恐怖が浮かんでおり
もう一度呼びかけるとその身体が威道へと抱きついた

「何があった?」

久保田と同じ言葉を坂上に向けると、
変わりに久保田が答えた

「原因を・・・・・見たかもしれない、」
「・・・・・原因?」
「この事件の真相だよ」
「誰だ?」

後について来た蓮水が問いかけると、

「内田悟、今日新しく『氷企』を継いだあの男だよ、」
「・・・・・・・・・・・・・」

その名を聞いて威道も蓮水も顔を見合す

「辻褄は合う・・・・・が、」
「アイツがむざむざ生かしておくのか・・・・・?」

震える夜人の頭を見下ろして忌々しげに呟けば、
分からなくも無いと言う言葉が威道の胸に浮かんだ、
きっとあの歪んだ男も、
この子供に少なからず捕らわれたのだろうと・・・・・

「戻るぞ」
「はい」

小さな身体を抱き上げそう告げると坂上は頷き南とともに廊下を走っていった
隣の片山も珍しく真剣な顔で立っていた

「気をつけろ」
「分かってる・・・・・世話になりました」
「良いよ・・・・でも、俺たちは簡単には手を出せない」

その言葉に重々しく頷く
双頭会と言っても『蓮水』と『氷企』では傘下が違うのだ、
己のゴタゴタはその手で片付けなければならなく手を出すにはいけなかった、
あくまで『蓮水』は中立の立場にいなくてはならない
『蓮水』にもソレが向けられれば動かせるのだが、
今現在では跡目争いの延長上でしかない

「あぁ・・・・・じゃぁな」

その蓮水に礼を告げて歩き出す
外に用意された車に乗り込み離れない夜人を膝の上に乗せた
漸く戻った笑顔は無く淡い色合いの肌も今は青褪めて、
初めて見たときの様な病人のような白さになっていた

遣る瀬無い気持ちでその身体を抱きしめ
窓の外に見える暗い外へと視線を向けた





「見つけた」

内田はそう一言呟くと
隣の男の差し出す火に煙草を近づける
火のついたソレを大きく吸いゆっくりと吐き出す

「威道の方にいたとは思いもしませんでした」
「あぁ・・・・けれど、警察の上の人間を動かせるとなると『蓮水』以外ではあの人しかいない」
「・・・・と言いますと?」
「現在、警察庁総監に一番近いと言われる秋山信彦と旧知の仲なのは有名だろ?」
「あぁ・・・・それで、」

隣の男は内田の言葉に納得したように頷く

「人を集めておけ、あの子供を取り戻す」
「・・・・しかし、威道に手を下すのですか?」
「怖いのか、向井」
「そう言うわけではありませんが、『蓮水』と繋がっていますよ」

蓮水組の組長と威道と盃を交わした仲でもあり、
それ以前に仲が良い事でも知られている

「関係ないな、この件は『蓮水』は介入できない」
「・・・・・・・」
「それにあの子供を取り戻さないと色々と厄介だしな・・・・知りすぎている」
「分かりました・・・・いつに致しますか?」
「今日だ、あの車に突っ込む」
「・・・・・・・・」

目の前を走り抜けた黒い車を目で追い内田が笑う

「鉄砲玉も数人用意しろ」
「・・・・・は、」

暗い外を、
それ以上の暗い色を秘めた瞳で見詰める内田を長年仕えてきた向井と言う名の男でも背筋が凍るような感覚に襲われた、
あの三ヶ月前のあの出来事を、
隣の笑う男は、
今と同じような笑みを浮かべてその手でしたのである
笑いながら
声さえ立てながら、
あの子供に・・・・・・・

その思考にはまりそうななるのを軽く頭を振って一掃し、
携帯を開いた



ひびは音を立てて広がり


それは


留めようにも


無残にも零れ落ちていく