聞こえるのは



窓を打つ





雨音だけ









浅い夢の中で


伸ばした腕を


引き寄せられた


腕に痕が残るほどの強さで





音にならない叫びを上げて


拒むけれど


無力すぎる身体は


玩具のように


簡単に


l組み敷かれ



背後の男は嗤う


声にせずに


揺れる


その脅威の大きな手が


身体に触れる


髪が抜ける


噛み締めた唇からは


血が零れる


痣は疼き


骨は軋み






声は




声は







音にならない






耳に残るは







人殺し








と嗤う声だけ













「っ!!!」

一気に覚醒した
バクバクとなる心臓が壊れたかのように鳴り響いて身体全体が心臓になったかのような感覚に陥る
深く息を吸い込んでから吐き出す行為を繰り返して
暴れる胸を両手で押さえた

眠りから醒める前
何かとても怖いものを見ていたと思うのに思い出せず
でも、
そう考えると身体が軋むように痛んだ
思い出すのを拒むようで
鼻の奥が痛んで
知らず涙が零れる

「っ・・・・・・っ」

意識すればするほど
嗚咽が止まらず
泣き声は浅い息遣いのみで
余計に苦しくなった

零れる涙を抑えるべく両手の甲で目頭を押さえて
やりすぎて痛むけれど
でも漸く落ち着いた

「・・・・・・・・」

幕を張る水分を手で拭って起き上がる
見える範囲にあるのは見たことがないものばかりで、
不安を覚える
ゆっくりと視線をめぐらせるが人の姿どころか気配も感じられずに
シンと静まり返っていた

その静かな部屋で
一人で寝るには随分大きなベッドの上でボゥっとしていると、
先ほどまで眠っていたにも係わらず、
トロリと瞼が落ちてきた

揺れる身体を眠りたいと言う衝動に逆らわずに、
シーツの中へと潜り込ませる、
微かにする香りに余計に眠りを誘われて
遠くで聞こえた音に気付いても起き上がれずに眠りへと落ちていった




蓮水を見送ってから部屋に戻ると
まだ眠り続ける子供は、
いくぶん安らかに眠っていた

睡眠剤入りの炎症止めなどの薬が入った物を打っておいたと聞いたので、
その効果が出ているのだろう
シーツに埋もれた半分だけ覗かせた顔は、
少しだけ赤みが差していた

サラリと髪をかき上げて
その顔を露にする
年齢より随分と幼く感じる顔立ち
それでもキレイに整ったパーツは人形のように愛らしかった
赤みが差してもまだ病的な白さが残るかさついた頬を何度も撫で
零れる溜息を止める事ができなかった

こんな小さな身体で
先ほど話していたことがされていたと思い出すだけで、
落ち着いていた冷たい炎がゆらりと揺らめきだす
憎悪とも怒りともつかないそれは
溢れる水の如く
心を満たしていくようだった

「・・・・・・・忘れてしまえ、お前が見たもの全部・・・・・・忘れてしまえ」

小さく呟くように
その白い肌に言葉を落としていく
無理だと分かっていても
そう言わずにはいられない

これから先
こんな辛い思いは2度とさせないと
会ったばかりの
言葉も交わしてもいない子供に
勝手に想い
誓いながら
その頬や髪を
慈しむように
傷が癒えるようにと
思いながら撫で続けた






□■□■□■□■□■□■□




コンコンと遠慮がちに鳴るドアを叩く音に
深く眠りに沈んでいた意識が浮上し瞼を開いた
数度、瞬きを繰り返し
時計へと視線を向けると午前8時を指していた
零れそうになる欠伸を噛み殺して
隣に目を向けると、
子供が丸まるような格好で眠っていた
眠りがそうとう深いのか起きる様子がなく、
すやすやと眠っている
それに笑みを零すと
もう一度、
遠慮がちにドアがノックされる

「何だ」
「坂上です」
「入れ」

声を落として
ベッドの淵に座りながら髪を撫でていると
極力音を立てずに坂上が入ってきた

「おはようございます」
「あぁ」
「・・・・・よく眠ってらっしゃいますね、」

視線を子供に向けながら坂上が呟く
それに頷いて、
その手にしている封筒に気付いた
その視線を感じたのか、
視線を威道へと移しながら差し出してくる

「結果です」
「早いな・・・・・・」
「あの方ですからね、先ほど届きました」
「見せろ」

中からA4サイズの白い用紙を数枚出し、
その文面に目を通す
久保田の言葉通りに血液中から薬物反応があったと記されていた
それは短時間にしては細かく調べられ
成分から種類まで割り出されていた
言っていた通りに『Over』のようである

「間違いじゃなかったみたいだな・・・・・」
「そのようですね」
「片山は?」
「昨日の夜から外に出て戻っては来ていません」

あの話しの後、
聞き込み行ってきますと言って出て行った
あの分だと数日は戻ってこないと考え苦笑が零れる
この子供を気に入ったのは威道だけではないようだった

「取り合えず、この方に必要なものは今日中には揃えておきます」
「薬と包帯を先に持って来い」
「それは久保田さんが持ってくるそうです」

また来るのか、
げんなりしながらその報告を聞き入れ、
朝食の用意を準備するために坂上は出て行った

子供は起きる様子はなく、
もう一度その髪を撫で付けてから立ち上がり部屋を出た
部屋の横に備え付けられた浴室に入り
汗を流してから軽く身支度を整え
洗面器に湯を張りその中にタオルを入れてベッドに戻る
丸まる子供の身体を仰向けにしてからサイズの大きいであろうシャツのボタンを外した

「・・・・・・・・・・・」

その下は話しに聞いていた通りに
無残に痣だらけであった
擦ったような傷も少なくはなく赤黒く血がこびりついている
その痛々しい肌に顔を顰めながら、
軽く絞ったタオルでキレイにしていく

痣や傷の上にタオルを滑らせると痛みを感じるのか少し身体を捩りながら呻いた
その度に拭うのを止めてから動きが止まるともう一度タオルを滑らせる
随分きれいになると
薄汚れたシャツやズボン、下着を脱がし自分の真新しいシャツやスウェットを着せる
当然余った部分を織り込んやっている最中に、
子供がゆっくりと瞼を開いていた

「起きたか?」

瞳にかかった髪を梳いてどかしてやりながら問いかけると
ボンヤリとしていた視点がはっきりし、
威道の姿を認識した
一瞬にして目を見開き勢いよく身体を起こす

「っ・・・!?!?」

軽いパニックを起こしたように口を開閉しながら辺りを見渡していた
その姿に当然か、と苦笑を零して
落ち着いて視線が自分に戻るのを待った
数分、落ち着かないように視線を泳がしていたが
いくらか冷静を取り戻したのかオズオズと威道に視線を戻してきた

「急にこんな所で驚いたよな?」

威道の言葉にこくりと頷く
その様子に笑みを浮かべて見詰め
できるだけ優しく続けた

「此処は俺の家の俺の部屋だ・・・・・・俺は威道浮津、お前は名前を言えるか?」

戸惑うように首が横に振られる
何か逡巡するような動きを見せると
子供は己の首を押さえて
口を動かした

「・・・・・・・・っ」
「?」

さするように喉を撫で
首を振る

「・・・・・・話せないのか?」

問いかければ、
悲しそうに瞳を伏せ頷いた

「元からか?」

今度は首が横に振られた
その動きで意味を悟り
言葉を選びながら問いかけた

「どうして此処に自分がいるのか理解できるか?」
「・・・・・・」

首が横に振られた

「自分の名は分かるか?」
「・・・・、」

縦に首が振られる

「日岐、夜人で良いのだな?」
「・・・・・・、」

それには、
どうして知っているのだと言う不思議そうな表情で頷かれる

「では・・・・・ここ数日の事は覚えているか?」
「・・・・・・、・・・・・・」

その問いには、
子供は一瞬だけ訝しげな表情を作り記憶を巡らせるように視線を横に流す、
しかし何も思い出せなかったのか困惑したように
ゆっくりと首が横に振られた

「何も・・・・覚えてないのか・・・・・」

独り言のように呟けば、
記憶がないことに恐怖を感じたのか顔を青褪めさせて
首を何度も何度も振っている
壊れた人形のよな動きに我に返ってその震え始めた身体を抱き寄せた

「っ・・・・・・!!」
「落ち着け、何も心配する事はない・・・・・お前の家が此処になったと言うだけだ」
「・・・・・?」

威道の言葉に涙が浮かんだ瞳を上げ、
見詰める
甘い色合いのその瞳に魅入られたように、
ゾクリと身体の奥に何かを感じたが押し殺し柔らかく笑みを浮かべた

「何も思い出すな、忘れてしまった事なら忘れたままでいろ」
「・・・・・・・・、」

さらりと髪を梳いて
あらわれた額に軽く唇を落としその小さな頭を腕の中へ閉じ込める
子供は戸惑ったような動きを見せたが、
少しもしないうちに威道の腰にゆるく腕を回し抱きついてきた

「お前は俺のモノだ・・・・・・此処に、ずっといれば良い」









同じ頃、
あのバラバラとなった死体が無くなった部屋に、
それでも血の残る暗い部屋に
身なりのきちんとした男が立っていた
口に咥えたままの煙草から煙が揺らめき、
吸わずに灰になるそれを重さに耐えられなくなって落ちるのも気にせずに部屋を見ていた

「・・・・・・・・・」

フィルターまで届いた所でその煙草を吐き出し、
新しいモノを咥える、
その煙草に音も立てずにいつの間にか近づいた男が火をつけた

「で、誰がコレをやったか分かっているのか?」
「いえ、」
「見張りはどうした?」
「立たせていた所に血がありましたので、生きてはいないでしょう」
「・・・・・・・・」

フウっと息を吐き出し、
火のついている煙草を持った手で髪をかき上げ、
目を閉じる

「警察が入った事だけは分かっています」
「警察?」
「情報は入ってきてはいないので、極秘裏の行動でしょう」

警察内に忍び込ませている飼い犬からの連絡がないと言う事は、
上のほうの人間の秘密裏の事になる
その事に少し思考を走らせ、
もう一度煙を吸い込んだ

「何か掛かり次第知らせろ」
「承知いたしました」
「行け」

煙草を吸う男の言葉に、
背後に控えていた男が一礼をして出て行く
音も無く出て行くのを感じながら、
部屋の中央に立つ男は、
ここで生かせていたあの子供が居た部屋に視線を送り

「・・・・・・・・」

冷たい瞳に怒気を漲らせて
落とした煙草を踏みつけた

「逃げられると思うなよ・・・・・・夜人」

誰に聞かせるでもなく小さく呟き
その部屋を後にした







忘れたなら


忘れたままで


良い




その記憶がないのなら


ないままで


悲しむ要素がないのなら


壊れることがないのなら


いつまでも


その記憶を閉ざし


忘れたまま


笑っていれば


それでいい