雨はいまだ降り続き








小さな子供は目を覚まさない







子供の人形を腕に抱いてるかのように


微かな重さしかなく


薄い胸は


本当に生きているのかと思うほどの小さな動きしかなく


ましてや息までも


まるで音がするのを怖がるように


微かなものでしかない



生きているのだろうか?


目を覚ますのだろうか?







微かな


命の音は







消えつつあるかのよう















「医者は呼んであるか?」
「はい、松原先生に来てもらっています」

外気の音を遮断した車内は振動が殆んど感じない
捕まれば免許剥奪されるようなスピードの中、
車は目的の場所へと向かっている

威道組本家
都内の閑静な住宅の一角を占める広大な敷地にそこはあった
どこまでも続くかのような壁の途中に門があり、
その中へ滑り込む頃には門が開けきり、
通り抜けるとソレは閉じ始める

数十秒車は敷地内を走り、
玄関前へと横付けされる
出迎えた者が後部のドアを開け、
中から出てきた威道に頭を下げると目に飛び込んできた事実にビシリと固まった
その格好のまま雨に打たれるのを意識しないままに威道は通り抜け、
後から続いた南によって意識を取り戻したようだった

「松原を俺の部屋に呼べ」
「分かりました」

中に上りこみ、
靴を脱いで奥へと足を進める
何人かとすれ違うと、
一同皆先ほどの男と同じように軽く頭を下げて顔を上げた瞬間のまま固まっていった
後に続く、
片山が苦笑を浮かべながらそれでも何も言わずに着いてきていた

「気持ちは分かるけど、あからさまですね〜みんな」
「・・・・・・」
「組長も自覚持てば良いんですけどねー」
「何がだ」
「何でもありませ〜ん」

くつくつと笑っている片山に一瞥をくれてやると、
肩をひょいっと上げて、
手が塞がった威道の代わりにドアを開けた
片山他、数人以外は通したことのない自室の奥に置かれたベッドへと進んだ
起き抜けのままのそこへと抱いた子供をゆっくりと下ろす

ベッドに横たえられた子供は、
失った威道の暖かさを探すように小さな手がシーツを這う
ソレを軽く握り、
不揃いの髪をかき上げ顔をあらわにした

「ほ〜・・・・・キレイな子ですね?」

片山の感心した声のように、
子供は酷く整った顔立ちをしていた
ヤツレてしまってはいるがキレイにしてやれば見れるようになるだろう

「何があったんですかね・・・・・」
「さぁな」
「聞き出せると思いますか?」
「お前はどう思う?」
「無理でしょうね、むしろ少しの間はそっとして置いた方が宜しいでしょう」

珍しい発言に顔を上げ、
片山と言う男は柔和な顔に似合わずその心は氷のように冷え切っているのだ
何の感慨もなく人を無感動に殺せる奴である

「そんな顔しないでクダサイヨ、貴方だってそんな驚愕ものの事しでかしてるくらいです、俺だって慈悲なんて言う不確かなもの持ち合わせていますよ?」

聞き捨てならないような言葉も聞こえたが、
身に覚えがあるので黙ってることにした

「・・・・・俺だってこの年の頃に見た死体には夜も眠れなくなることもありましたしね〜」
「見かけによらず柔なようだな」
「何を言ってるんですか、俺ほどナイーブな人間はいませんよ?」
「ナイーブねぇ・・・・・片山、お前の誕生日いつだったか?」
「来月ですよ、何をくれるんですか?」
「辞書をくれてやる」
「わーいうれしいな」

俺の皮肉に棒読みの返事が返ってきた
ソレと同時にドアが開く
呼んでおいた医者が来たのかと顔を上げれば予想外の人間が入って来ていた

「・・・・・」
「・・・・うーーーわーーー・・・・俺、席外しますね?」

その姿を認めて、
思わず眉間にしわがよれば同じように嫌なものでも見たかのように片山が動く
それを見越したかのように入ってきた男が薄っすらと笑んだ

「やぁ久し振りだね〜」
「お久し振りです・・・・・久保田さん」
「それでは、これd」
「片山もいろ、な?」

そそくさと逃げ出そうとしたその後姿に有無を言わさぬ言葉と声
ギシリと固まって片山は渋々と言った感じに留まる

久保田 和泉−くぼた いずみ−
蓮水組組長の右腕にして、
双頭会の実力上のナンバー1である
圧倒的な強さを誇り、
その腕一つで100を越える組員を持つ事務所を何度も跡形も無く潰した男だ

「どうして此方に?報告は後ほど致しますが?」
「医者を呼んだんでしょ?」
「松原医院の院長を呼んだはずですが」
「残念、昨日から学会の発表会で俺が代理」

からりと笑って近づいてきた
手にはその言葉通りに色々と入っているであろう黒いカバンが握られていた
思わず眉を顰めてしまったのは仕方ないだろう
威道の疑問を代わって片山が口にした

「久保田さん・・・・医者でしたっけ?」
「医師免許を持ってるんだよね」
「確か・・・・・弁護士でもあるとか聞いたんですけど・・・・・?」
「よく知ってるね、ソレも持ってる」
「どうやって!?」

思わずと言った感じで片山が叫んだ
一筋縄では行かないと思ったが・・・・・これほどとは、
そう溜息をついて隣に来た久保田を見上げる

「ま〜〜色々とね、色々とやれば色々とできるんだよ、分かるかな〜」
「つーか・・・・貴方いくつでしたっけ・・・・!?」
「片山よりは2つ上の28歳です」

笑いながら『気にしない、気にしない』と言う
そんなあっけらかんとした笑顔のまま聴診器を首から下げ
横向きになったままの子供の身体を仰向けにした

「さてと、俺はこれから見るから出てって」
「・・・・・」
「心配なら坂上置いてって、ちなみにウチのドアホ来てるからヨロシク」

シッシと犬猫を追い払うような手の動きに立ち上がった

「蓮水が来てるんですか?」
「勝手について来た、あっちに行く手間省けただろうからちゃっちゃと報告して来い」
「・・・・・・・では、よろしくお願いします」
「はいよ〜」

こちらには顔を向けずに手が振られる、
入り口に控えていた坂上に視線を移すと深く頷いて部屋の中へと入っていった

もと来た道を戻る廊下で、
先ほどの事に未だ納得がいかないのか片山はしきりに首を傾げていた

「久保田さんのように出来るもんなんですかね?」
「さぁな・・・・あの人は、一つの枠では括れない人だよ」
「ソレにしてはド派手過ぎません?」
「今更、だろうが」

ふっと苦笑を零して通されているであろう応接間へと入った
中央に置かれたテーブルを囲うようにある革張りのソファーに深く腰を預けた男、
それが双頭会の二代巨頭の一人、


蓮水 京介 −はすみ きょうすけ−


入ってきた威道に、
薄っすらと笑みを向けた

「ご苦労だったな」
「あぁ」
「氷企はどうした?」
「今、回収させている」
「そうか・・・・・で、足は着きそうなのか?」
「取り敢えずは同職と考えている」

各々の幹部だけを残したその会談に、
軽く息をついた
ポケットから煙草を取り出して口に咥えたと同時に片山が火をよこし大きく吸い込んだ
数時間ぶりのソレに酷く心を落ち着かせ

「何か心当たりはあるか?」
「そうだね、外の人間だとは思えない」
「片はついたからな」
「では・・・・・どこだと思う?」

目の前の蓮水も煙草を咥え
吐き出してから目を眇めた

「・・・・・・・跡目争い、にしては時期が早い気がする」
「いや、そうでもない」
「・・・・・・」
「氷企、どうやら検査に引っかかったようだね」
「それは聞いていた」

行方が分からなくなる数日前に呼び出され、
軽いノリでそれを聞かされていた、
笑って話していた限りではそう酷いものではないと思っていたが・・・・・

「余命半年、だったそうだ」
「それであの話しだったのか・・・・・」
「威道・・・・・氷企を継げと言われなかったか?」

蓮水のその言葉に眉間に深くしわがよった
そう、
あの呼ばれた時の本題がソレだった
まだ考えておけと言われただけだったが・・・・・
遠い目線で考えておけ、
そうとも言われていた

「言われた、けれど俺には向かない」
「お前ほどの適任者はいないと思うが?だから俺は反対しなかった」
「してくれ、俺はこのままこの地位で良い」
「無欲だな・・・・・お前だったら務まる」

声を抑えるかのような笑いを零す蓮水を軽く睨んだ
双頭会の『氷企』の名を継げば今とは比べ物にならない多忙を強いられる
それだは担いたくない事だった

「それに・・・・氷企の親父には子供がいるだろうが・・・・・」
「あの3人か・・・・・無理だな」

3人の顔が浮かぶ
蓮水の言うとおりどれも木偶に木偶を3乗ほど足したような無能な男ばかりだった

「氷企には悪いが全員無能ばかりだ」
「あぁ・・・・・親父も嘆いていたな」
「だからお前に白羽の矢が当たったんだろ?」

そう言いながらテーブルの上のクリスタルの灰皿に灰が落とされる
煙を燻らせながら、
何か楽しいことがあったかのようにその端正な顔に浮かんだ笑みが深くなっていた

「俺以外にもいるだろ・・・・・そうだ、若頭の内田は?」
「あれは・・・・・・あれには絶対に任せられない」

その名を聞いた瞬間、
蓮水の雰囲気が変貌した

内田 覚 −うちだ さとる−

氷企組本家若頭にして右腕的存在であろう男だ
若干28歳と言う若さでその座を手にしていた

「アイツの腹は読めない、黒いのか白いのか・・・・・たぶん今回の事も裏でアイツが仕切っていると考えられるがそれ以上の足はあの久保田でもつかない」

久保田でも付かないと言う事実に驚きながら
続けられた言葉を聞いた

「その考えも不確かなものだ」
「だったら何故調べさせている?」
「・・・・・今回の氷企の行方不明を知らせてきたのは内田だ」
「内田?」
「久保田が見たそうだ・・・・・その報告を終えた時に見せた表情が」

愉悦に満ちていた
邪魔な物をやっと排除できた人間の表情をしていたと

そう口にした

「内田には気をつけろ」
「・・・・・・」
「たぶん・・・・・・跡目の名前にお前が上る、その時は気をつけろ」

そう言うと同時に、
応接間のドアが開いた

「和泉」
「如何でしたか?」

入って来たのは久保田だった
蓮水の隣のソファーに座りながら頷き

「取り敢えずは見た、一応の為に血液も採らせてもらったよ?結果は明日の夜にはする」
「お手数をかけます」
「いいえーーーところで、」
「はい?」

煙草の煙を嫌そうに払いながらズイっと身が寄せられる

「アンタ、あの子を見た?」
「見た?とは・・・・」
「言葉通り、あの子の身体を見たの?」
「見える範囲だけですが、一応は」
「そう・・・・・だったらそうだね、気をつけて欲しいことが多数ある」

寄せられた身体を今度はソファーの背に預けて、
胡坐をかく

「あの子、そうとうな時間暴行を受けていたね」
「・・・・・・」
「殴る蹴るの暴力は勿論・・・・・・・・性的暴力含め」

その言葉に、
後ろの片山が舌打ちを小さく零した

「服の下は凄かったよ、殴られたと言うより蹴られた方が多い、形がはっきり残るぐらいの足跡があった、計ったら28cmだった確実に男、複数ではなく一人だね」
「それで・・・・・」

その言葉に頭の芯がゆっくりと冷えてきた

「暴力を受けながらヤられたんだろうね・・・・・・薄っすらとだけど首に痕があった、骨がイってなかったのが不思議なくらい、イヤきっとそうしながら蹴ったんだろうね」
「体内には?」
「調べてないけど、たぶん残ってないだろうねこんな事するくらいだし」

蓮水の表情も硬いものに変わった
苦々しげに吸い込んだ煙を吐き出している


あの細い身体のわけが

白く病的なほどの肌のわけが


露になる事実、
その事実は、
一つだけではなく色々と

「あとね・・・・・核心もてないからはっきりと言えないけど・・・・・・」

思案するように目線を泳がせて、
指を口に当てる

「和泉?」
「うん・・・・・・知り合いの所に持ってって貰った検査の結果によるけど」

その言葉に、
先ほどの血液を採取した意味が分かった

「薬・・・・・ですか?」
「たぶん、一種の催淫剤系統のモノだとは思うけど嗅いだ事ある臭いがした」
「臭いが残るもの?」
「新しいモノだろうね・・・・・『Berry』か『Crush』・・・・それか『Over』」
「今、十代間で出回ってる合法系か・・・・・」

合法とは名ばかりの薬物、
使用を誤ればそれは麻薬と同じものだ
いや、
コレそのものが麻薬と同じである

「・・・・『Over』と言えば、つい最近ですね」

それまで黙って聞いていた片山が口を挟むと、
久保田が頷いた

「そう、即効性・持続性とともに驚異的の催淫剤。依存性はアリマセンと名売ってるけど真価の程は使って見てアラ不思議、廃人寸前になってしまいました」
「随分騒がれてるヤツですよね?」
「その話題の薬物・・・・・・アレ独特のチョコレートの匂いがあの子からしたんだよね」

その言葉で沈黙が落ちる
現代ではあの子供と似たようなの間で薬の売り買いは勿論、
使用するのは一部では珍しくない
だからと言ってそれは一部であってあの子供が望んで使うようには見えなかった

「となると、無理矢理飲まされて暴行受けたんだろうな」
「そうなるね、」
「・・・・・結果は明日、ですよね?」
「急がせてるから早めに持ってくるつもり」
「お願いします」

ニッと笑みを浮かべた久保田に頭を下げた








あの子が壊れてないことを望むけれど



その希望は



とてもとても



薄いものであった