く ら げ













外観の見た目通りに侘び寂の心が障子の外に広がる庭園や
部屋やそこに辿りつくまでの廊下にあり
ひどく落ち着いた気持ちにさせられた

いや、
うん・・・・きっと普通にこれた場合の時だが

黒光りしている木製のテーブルに広がるのは今までに見た事がないような料理だ
和風に少々の洋風が盛り込まれ食欲がそそられる
そそられる筈なのに箸は進まない
まったくもって進む様子のない俺の迷い箸
仕方がないので目の前の小鉢だけを突いてはいても
少量のそれは直ぐに中身が尽きてしまう
そしてまたもや仕方がないので注がれた日本酒をちびちびと舐めていた
だるい身体には舐めるだけでも酔いが程よく回っている

「・・・・・はぁ・・・・・」

思わずため息をつけば
隣に陣とっている西園が下から俺を覗き込んだ

「どうしたの?」
「え、あ・・・・いや」
「箸が進んでないけど美味しくない?」
「いや、美味い・・・・です、」

そう?とかにこやかに笑みを浮かべて『これ美味しいよ』と言いながら遠くにあった刺身を俺の目の前に置く
手を付けない訳にもいかずに切り身を口に運んだ
うん、はっきりいって美味しいです
いや、きっと美味しいはず・・・・・なんだけど、
味が全然分からないっ

何故かって?
それはね!

「西園さん、今日はどうですかね?」
「・・・・・悪くないんじゃない、」
「それは良かった!いや〜ここは予約を取るにも一苦労でしてね〜」

などと愛想よくって言うか、
自分の身分やら地位を見せびらかすかのような嫌味だらけの笑い
そう、
これは今まさに接待なのだ
しかも受けてる身!
今だかつて接待をしたことはあっても(と、言っても過去に一回)された事はない俺は居心地が悪い!
悪い通り越して悪すぎるっ

拉致されて連れて来られたのは
玄関先で大騒ぎしていた古式ゆかしい料亭
原因の大半を占める斉藤さんに良いようにされて抜けた膝と腰をどう頑張っても立てない俺を、
あろう事か担ぎ上げてこの部屋の前まで連れてこられた
降ろせ止めろ離せ!と騒ごうが力なく抵抗しようが斉藤は笑って執りあわなかった
で、先に行っていた西園の

「降ろせ」

の一言で廊下に転がることとなった俺
腰が抜けて立てないのを今度は西園に担ぎ上げられる俺

今日は荷物の日か!?

と、思わず心の中で叫んだほどだ
もっと恥ずかしいことに部屋の中にはもう目の前の男達がいたのだった
目を丸くして俺たちを見ていたが、
敢えて流されたかのように挨拶が交わされたいた

敢えて・・・・・そこは敢えて何か言って欲しかった!
俺に触れて欲しかった!
けれど今現在まで何も触れることはない・・・・・から、
余計に居心地が悪いったらありゃしない

しーかーもーー
この接待の中心人物は目の前の取り入りたい人間を軽く・・・・
いやいやいや、
まったくもって眼中外にしているのだ
話しかけられようが、
おべっかを使われようが気にもせず耳も貸さず、
先ほどから甲斐甲斐しく俺を構っている

「メイジ、酒つごうか?」
「あ、はい」

無くなった猪口になみなみと日本酒が注がれる
零れそうなそれを一舐めすれば、
自分のそれにも自分の手で注ぐ

「あ、注ぎましょうか?」
「ありがとう」

してもらう立場であろう西園は先ほどから相手のチャンスを悉く潰し
ペースを保っていた
一介のサラリーマンがそれを見てみぬ振りできず、
傍にあった徳利を取って差し出せば
嬉しそうに猪口を差し出してきた

「これも食べる?」
「いただきます」

遠くにあった料理をまたもや俺に差出し『美味しいでしょう?』と、
また笑う
その笑みにつられて俺も笑う
お偉いのおっさんは西園の気を引きたいかのように何かと話題を振っているが
殆どが斉藤さんが答えていた

「・・・・・・」
「ん?」
「いや・・・・・何でも、ありません」
「そう?」

余りに滑稽で、
ちょっと同情を引いたのでコレで良いのか?と言う気持ちを込めて西園を見詰めるも
向けられている本人様は笑って首を傾げるだけ

ダメだこりゃ

相手が悪すぎる
悪すぎるって言うか最悪である
何の目的の接待か分からないけれど、
その目的は果たされる見込みは無い・・・・と、思う
目的は本当に分からないけれど
って言うかヤクザの接待の目的って何だ?
企業とは違いすぎるだろう

何てぼんやりしながら考えていたら、
かちゃんっと何かが倒れる音、
次には濡れた感触
はっと我に返ってみれば、
目の前の徳利が零れて俺と西園のスラックスを濡らしていた

「わっ」
「・・・・・あーぁ」

慌てて倒れたそれを起こし、
布巾でテーブルを拭きながら畳に零れたのも拭う

「・・・・・」

慌てる俺をよそに濡れてるスラックスを見詰める西園
濡れてるのも気にした様子も無く
じわじわと黒いそれが色濃くいていく
自分のを拭う前に西園のスラックスに手を伸ばせば、

「・・・・・・?」
「良いから」
「え?」

手首を掴んで止められる
何が良いのかその西園を見返せば
ドキッとするほど何かを含むように笑っていた

「あ〜・・・・カツラギ、組長連れて向こうの部屋に行け、着替えて来い」
「え、あ・・・・はい」

音を聞きつけてあらわれた仲居が『こちらです』と即される
連れて行けと言われたのは俺のはずなのに、
案内するはずの仲居を追い抜いて
西園はスタスタと廊下を突き進んでいった

奥の奥、
突き当たった障子をカラリと音を立てて開けられる
いつの間にか後をついていた仲居は姿を消していて、
首を傾げながら部屋の中に視線を戻せば

「えっ!?」
「座って」
「えぇ!?」
「うぃ〜〜っす、お先していま〜〜す」

驚いて声を上げれば
部屋の中にいた菅が片手を上げてビールを飲んでいた
その座るテーブルの前には先ほどの料理が霞むほどの豪華なものがテーブルいっぱいに広がっている

「ぁ、その前に着替えようか」
「え、え、」
「カ〜〜ツラギー呆けてないで着替えろって」

西園の言葉と菅の声にパニックになっていると、
隣の部屋の襖が開けられ背中を押される
あっと言う間に濡れたスラックスと濡れてもいない上着も脱がされる

「うっわ!ちょっと何を!?」
「コレに着替えるのー」

と言って被されたのは白に藍の染が入った浴衣
ぐるりと早業で帯を巻かれて菅のほうにまたもや押されて出される
なんちゅー手際のよさだろうか!
感心する暇まもなく座らされて、
西園も着替え終わって俺の隣に座った

「・・・・これってどういう事ですか?」
「ん?」

状況についていけずに、
持たされた猪口にまたもやなみなみと日本酒が注がれる
表面張力をやぶって指に零れた酒を西園に舐められた

「っ!」
「だって・・・・あんな馬鹿みたいな所で楽しく酒は飲めないでしょ?」
「・・・・・・・」

馬鹿みたいって・・・・・
一応、接待のはずなのに
ん?接待だったよな?

「あんなのは斉藤に任せておけば良いんだよ」
「はぁ・・・・」
「メンドイ事も嫌な事もぜ〜〜んぶ斉藤で良い、楽しい事とメイジの事は俺だけがすれば良い」
「はぁ・・・・・・・え?」
「ね?」
「・・・・・・・・・・・」

猪口を持ったまま、
その手の所に顔を近づけたままの西園
テーブルに近い所にあるそれ
横目で見上げられて
先ほどの艶を含んだ視線が薄っすら細まった

「・・・・・」

ゆっくりと上体を起こして
ゆっくりと顔が俺に近づいてくる
ゆくりと手が肩にかかって
ゆっくりと撫でられて
その手がゆっくりと首に触れた

「ねぇ・・・・・メイジ、そうでしょう?」
「・・・・・・・」

今まで全然気づかなかったけれど、
今までそんな素振りも無かったけれど
って言うか感じられなかったけれど

もしかして、
もしかしなくても?

「・・・・・・・何か・・・・・怒ってますか?」
「何で?」
「何でって・・・・・・いや、あの・・・・・」

聞けば、
細まった視線は笑みのカタチに弧を描く
それはとても一般人の俺には耐えられるものではなく、
ごくっと息を呑む
ちなみに目の前の菅はビール瓶を抱えてあらぬ方向へと視線を泳がせていた

「そう聞くって事は俺に何かしたのか、メイジ?」
「・・・・・・いや、えっと・・・・」
「それとも・・・・・・」

ぐっと顔が近くなって、
下から見上げていた顔が今度は上から見下ろしてきた

「何かした自覚でも・・・・・・・あるの?」
「っ!!」




あぁ・・・・・・・

もしかして、
いや・・・・・もしかしなくても?

見られてましたか?









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この後、
どーなるんですかね・・・・・・
斉藤に報復ではなくって桂木に標的を定めた模様、
頑張れ!
君の未来は真っ黒だ!

そして
一番の被害者っぽくなる予定の菅・・・・・
逃げるに逃げられない模様(笑)