06:唯一












「・・・・・・どしたの、それ?」

あれから俺はアルゴに来ている
この第一声は、
目を丸く見開いた聖の言葉
目線は汚れた服と、
たぶん・・・・
喉の赤く鬱血した指の痕だろうと思う

「アイツに会った」
「アイツ?」

近寄って来た将馬も同じく少し目を瞠らして、
同じ言葉を繰り返した

「噂の【レッド狩り】の男」
「「嘘!?」」
「嘘ついてどうすよ?」
「え、何よ接触したの!?」
「した、ついでに吹っ飛ばされた」
「・・・・・お前が?」

眉間にしわを寄せて
信じられないという表情を見せる将馬
そんな目で見られても困る、
事実なのだし

「証拠がこの鬱血と汚れ」
「・・・・・・・そんなに凄い?」

聖がわくわくとした表情で聞いてくる
ま〜気持ちは分からないでもない、
でも、
あれは・・・・

「見た目は、たぶんお前らの期待を裏切るほど華奢、たぶん俺らより2つくらいは下だな」
「・・・・・・・・」
「杏滋・・・・あまり笑えない冗談はナシにしようよ?」
「冗談は言ってねーって・・・・・俺だって見た瞬間、呆気に取られた」
「うっそぉぉ・・・・・本気?」

心底信じられないと言う聖に肩を竦めて答える
将馬は未だに硬い表情だ

「どうした?」
「いや・・・・うん、何でもない・・・・で、どうだった?」
「どうって・・・何が?」
「やりあったんだろ?」

そう聞かれるが、
事実やりあったのではない、
一方的な強さを見せ付けられただけだ

「遣り合ってはナイよ、」
「え、だって接触したんでしょ?」
「した・・・だから言っただろう?吹っ飛ばされたって」
「・・・・・それって、」
「まんま、ただヤラレタだけで手合わせなんてしてねーよ・・・・そんな出来る隙与えられなかったし」

その言葉を聞いて、
さすがに聖の表情も硬くなる
一瞬落ちた沈黙の中、
周りの音が激しく煩く感じた
聞こえないはずの氷の揺れる音を立てながらグラスを傾け
中の液体を飲み干す
喉の渇きはなぜか癒えなかった

「・・・・・・お前らも、出会っても下手に手を出さない方がイイ」
「何でさ?」
「目的は【レッド】でも、邪魔をするヤツは見境ねーよ・・・・・宣言されたし、」
「それ・・・・・楓に耳通しした方が良いな」
「だね〜」

将馬の硬い声に
いつもの自分を取り戻した聖が軽く答える

「で、その楓はドコ行ったんだ?」
「あーーー弟分とイチャ凝らしてる」
「何だそりゃ?」
「お前まだ見たこと無いか?あの睦月の弟だよ」
「・・・・・怪女に弟なんていたのか?」
「いたんだな〜これが、」

睦月と言ったら、
楓の次にこの辺じゃ有名な女だ、
あの睦月に弟・・・・

「コエーな・・・・・係わりたくねーな」
「右に同じ」
「左に同感で〜す」

何て雑談を交わしていると、
アルゴの扉が誰かを通したようだ
騒音に近い大音量の音楽の中、
それに俺たちは気付かない
そのうちの一人が
その近くに立ち何も言わずに見下ろしてきた、
最初に気付いたのは聖だった

「あっれ・・・・・・・」
「よぉ」

驚いたような聖の声に、
踊り騒ぐ輪を見詰めていた俺と将馬がふっとそちらに目を向ける
背の高い目つきの鋭い男がいた

「珍しいね、お前がこんな所出歩くなんて・・・・」
「ま、色々とな」
「ふ〜〜んで、何?」
「あーー・・・・【くだなみかえで】って男知ってるか?」

楓の名前に俺たち3人は一瞬目を合わせる
その質問には答えずに、
俺が口を開いた

「お前、名前は?」
「・・・・・・取り合えずソッチの方から教えてもらえる?」
「榛原杏滋」
「志賀朋之だ、で【くだなみかえで】は?」
「ココには今いないよ」

二度繰り返された質問には将馬が答えた
志賀と名乗った男は将馬に目線を向ける

「春日井将馬」
「ヨロシク・・・・・・いないのか・・・・」
「で〜志賀は何の用なわけ?楓が何?」
「あーいや、用があるのは俺じゃねーんだけどよ、」
「・・・・・」

歯切れ悪そうにそう答えて、
志賀は振り返った

「久保田、いねーってよ」

その背後にいるであろう人物に声を大きくして言った
その後ろの人物は何かを言葉にして、
志賀は何かを答えている
わずかに聞こえる小さな声に、
聞き覚えがあった

「・・・・どうする、また来るか?」

志賀の言葉に
はっきりと聞こえた

「そんなメンドイことしてらんない、少し待たせてもらう・・・・・・どうも、さっき振り?」

そう言って姿を見せたのは、
俺を意図も簡単に地に倒した黒いパーカー男

「おまっ!」
「痣になっちゃったね、力加減できなくってゴメンね?」

そんな心にも思ってないような声音で、
作り笑いを浮かべた

「何、面識ありだったのか?」
「さっき言ったでしょ、邪魔したから大人しくしてもらったって」
「あぁ・・・・・・アンタも災難だったな、コイツとまともに遣り合って傷そんだけ?ラッキーじゃん」

ソファーの背もたれから上りこんだパーカー男が遠慮も断わりもなしに座り込む、
それと同じく志賀と名乗った男も隣に座った

「邪魔しなかったしね」

軽く答えて通りかかった店員に2人分の飲み物を告げた
ソレを目にしながら聖が耳打ちしてくるのを
視線を外さずに頷く

「・・・・・・・杏滋、もしかしてさっき話してた・・・・?」
「あぁ」
「マジかよ・・・・・」

証明で多少明るい中よく見ると、
幼い感じが強くなる
こんな事件を起こすようには見えなかった
唯一ソレらしいと言えるとしたら
その視線だろう
冷たさを帯びた瞳は
何の反論も声も受け付けないようなモノを秘めている

「で、聞きたいことあるんだけど教えてくれる?」

そんあ瞳に感情のない笑みを乗せながら俺に笑いかける
薄ら寒いものが背筋を登った

「その前に・・・・名前教えろよ」
「さっきも言ったじゃない、空気だって・・・・・ってまぁいいか〜俺は久保田和泉だよ、そっちは?」
「榛原杏滋、こっちは春日井将馬・・・・で大河聖」
「さほど長い付き合いにはならないだろうけど、取り合えず今だけヨロシク」

運ばれてきた濃い茶色の液体の入ったグラスを受け取り俺たちに向けて掲げた
音の聞こえない氷の揺れ見、
目の前の噂の男【レッド狩り】こと久保田和泉は笑う

「あのさ、ここに集まるアンタらって【レッド】と関わりとかあるの?」
「ないよ〜」
「あってたまるか、下らない」
「似てるようで全然違う」
「そう?俺からしたら同じに見えるけど?」
「アイツらと一緒にするな」

将馬のイラついた声と雰囲気をものともせずに肩を竦める
隣で志賀は苦笑を零している

「偏見はいりまくりだぞ、」
「そりゃ〜偏見でもって見てるからね、俺は」

立ち上がりそうな雰囲気の将馬を軽く押し留めてソファーに深く座る久保田を見る
音が大きすぎるのが気に障るのか、
右耳に指を差し込んで不愉快な表情を作っている

「で、どうなの?ソッチの言い分としての違いって何?」
「ココの連中とアイツらの一番の違いは他人に迷惑を掛けないってことだな」
「・・・・例えば?」
「下手に揉め事は起こさない、器物破損もしねーし・・・・・警官からかって遊びもしねーよ、」
「ふ〜〜〜ん」
「アンタが見た、集団リンチもしねーよ俺たちは正々堂々と一対一の喧嘩がモットー」
「・・・・・・・・・・・」

一瞬、
久保田の表情がいっそう冷たさを増し凍りついた
それは本の一瞬で、
次には元通り冷たい笑みが浮かんでいる

「じゃーー・・・・アンタらのリーダー【くだなみかえで】は一切係わってないわけね?」
「楓の一番嫌いで嫌悪してる奴らとアイツが係わるワケないな」
「そう・・・・・・」

そう言ったきり黙りこんだ久保田に、

「お前は・・・・・何でこんな事してるんだ?」
「・・・・・こんな事って、何?」
「お前がしている【レッド狩り】だよ」

将馬の質問に、
笑みがいっそう深くなる
それに比例するように徐々に体感気温も下がっているように感じられた
凍えるようなそんな雰囲気

「教える必要なんてないね」
「楓の事、お前が知りたいと思うことを教えてやったんだ、フェアにするのが普通だろ?」
「・・・・・・・」
「核心なんて聞きたいと思わないけど、何でこんな事をするのか聞きたいだけだ」
「・・・・・・・」

これが久保田の無表情と言っても良いだろう温度のない笑みはそのままに、
沈黙が落ちる
数秒後に出た言葉は

「アイツらは・・・・・俺の大事なモノを下らないことで傷つけた」

笑みは消えて、
冷たさを秘めていた瞳は
怒りと悔しさの炎を燃えさせる

「絶対に・・・・・・何があろうと絶対に許さない、粉々に砕いてやるって決めたんだ」





その時、
初めて人間らしい感情が見えた気がした




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