■ 白銀の執事と漆黒の執事
アリシュハルビス家の朝は早い
空が白み始めた頃、
漆黒の執事は動き出す
いつものようにベッドから起き出し顔を洗って歯を磨いてから
漆黒の燕尾服をきっちりと着込み、
肩甲骨までの黒い髪を束ねワインレッドの細い紐でまとめしばる
「・・・・・よし、」
姿見に自分の至らない所がないかをチェックし、
完璧であることを確認して部屋を後にした
まだ暗い廊下を足音もなく進み
過ぎる窓の外は段々と明るさを増してゆき
朝露に濡れた木々や芝が朝日に照らされてキラキラと輝いていた
鳥の囀りも聞こえては来るが、
美貌の執事は感慨も受けずにただただ廊下を進んでいく
そしてとある部屋の前で止まる
くるりと90度回転し目の前のドアに視線を向ける
そう・・・・誰かの寝室
「・・・・・・・・・」
ノックもなしに、
ましてや確認の声を取るもなしにその部屋のドアを開ける
キィーーーーッと小さな音を立てて扉がゆっくりと開く
開けた瞬間に漆黒の執事はその端正な顔に皺を寄せた
「・・・・・・臭い」
むせ返るようなアルコール臭
顔に皺を寄せるだけじゃ飽き足らず、
白い手袋に覆われた左手で鼻と口を覆った
そして一歩足を踏み入れれば
パキっ
「・・・・・・・・」
カコン
「・・・・・・・・・・・・・」
グシャっ
ガサガサっ
ズズズッ
ココンっ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(怒)」
一歩一歩と踏み入れれば何かしらが足に当たり、
そして踏みつけた
そう言うならば足の踏み場もない・・・とはこの事で、
むしろ床が見えない
進めば進むほどに漆黒の執事の眉間の皺が深くなり
限界などないのではないかと言うほど
「何と言う・・・・」
汚さだ、
一際大きくこれ見よがしにため息を吐いて辺りを見渡し
足元と変わらない汚さにまたもため息を吐いた
「・・・・・・・ロバート、」
そう、
部屋の主はオールマイティポジションになるロバートで
ランニングシャツにハーフパンツ・・・・の意味をなさない見たくもないハンケツ具合
背中も半分ほど出してボリボリと音と立てて皮膚をかくと
「っへ・・・・・へっぷし!」
一つくしゃみをしてから脇に置いてあった枕に抱きつく
だらしないにも程がなかった
「・・・・・・・・(怒)」
声もなく音もなく気配もなく足を振り上げたかと思うと
っひゅ
空を切る音
そして、
どすっ
「ぐふぉっぉぉ!!」
その服を着ているのに意味を成していないわき腹に高級オーダーメイドの革靴を
めり込ませる
「ぐほっげふっ・・・・!?な、な、なっ何だ!?」
痛みを訴えるわき腹を押さえて飛び起きる
起き上がってむせって、
攻撃を仕掛けたであろう方向へと振り返った
「・・・・・お・・・・・?」
「汚らしいまでは良かったが、いや良くはないが、見苦しいですよ馬ヅラ」
「・・・・・朝っぱらからドギツイじゃねーかジル・・・・」
蹴りつけた相手が誰だか認識して、
ロバートは大きく欠伸をしてからぐしゃぐしゃとくすんだ金髪をかき混ぜる
そして見下ろす・・・・と言うよりも見下すジルを見上げる
「貴方が余りにもお約束すぎてつまらない人間ですから、汚らしい」
「お前さ・・・・二言めにその『汚らしい』とか言うの止めろよ、傷つくだろうが」
「おや、貴方にそんな愁腸な心を持ち合わせるだけの余裕があったのですか?」
「・・・・・お前ねぇぇぇ」
どこまで俺を見下すつもりだ!!
そんな訴えを口にする前に
「さっさと起きて、ヒルト様の朝食の用意を致しなさい」
すらりと首元に押し付けられた細長い棒に声を遮られる
「御託も言い訳もいりません、用意だけは遅れぬように・・・・いいですね?」
「お・・・・・・ぉう、」
冷や汗を垂らして、
ホールドアップしながら頷いた
「さすが馬ヅラですが人の思考回路のある馬ですね、言って聞いてくださるだなんて」
「・・・・・・お、お前・・・・」
どこまで俺を馬鹿にすれば・・・・!!
抗議の意味で出て行こうとする背中を見詰めるも如何せんやはり声にすれば消される、
消されてしまうので目力で訴えるしかなかった
「あ、あと少しは部屋をキレイにしなさい」
「・・・・・・・わーったよ、」
あーーあーーうるせぇぇ
そんな呟きが閉まられたドアの向こう側で聞こえた
意に返さず次の本来の目的の場所へと足早に向った
カツカツと歩き奥へ奥へと向う
突き当りの部屋の前で立ち止まり、
ノックをしようとした瞬間の手がドアに触れる前に止まる
「・・・・・・・・・」
部屋の中に一人多い人の気配
そして動く気配がしていた
漆黒の執事の眉間の皺が例に見ないほど深くなった
コンコン
「・・・・・入れ」
「失礼致します・・・・・」
小さな声にドアを開く
真っ直ぐに視線を向けると部屋の壁にベッドヘッドが付けられ、
そのベッドの横側に軽く腰掛けた状態で靴紐を結ばれている主人の姿を確認した
ので、
「ジルフィード・・・・ヒルト様にご挨拶は?」
窘める声が、
挨拶が遅れ視線を合わせた場所より下から聞こえた
言い返す前にそんな事よりも大事なことを忘れた自分の非を思い出し、
軽く頭を下げて
「・・・・・・おはようございます、ヒルト様」
「あぁ・・・・おはよう、ジル」
「ヒルト様、右足の方もよろしいでしょうか?」
そう会話の邪魔にならないように言い、
結い終わった左足を床に下ろしてから反対の足を自分の太ももに乗せて紐を結っていく
白銀の髪を邪魔にならないように耳にかけて横目に嫌味ったらしく声をかけたのは、
ここにいるとは思われなかった人物だ、
確か夜中を過ぎる前に主人からの下された命により外を出たはずだった
そしてそれは数時間で済まされるような事ではないと思われる
むしろ漆黒の執事はそう思っていた
「意識を飛ばすのは勝手ですが、主人を目の前にして挨拶が遅れのはいけませんね」
「・・・・いえ、何分顔に出ていませんが驚いているもので・・・・ココにいる貴方の存在に、」
「それで驚いているのか、ジル?」
ぴくりとヒルトの綺麗な流線を描く眉を軽く跳ねさせる
「えぇ・・・・かなり」
「ふ〜〜ん、」
その表情に胸糞悪くなっていたジルが苦笑に顔を歪ませた
そしてもう一度、
今度は深く頭を下げて
「大変申し訳ございませんでした、ヒルト様」
「気にしていない」
「ありがとうございます」
許しの言葉を貰ってからベッドに近づいた
着く頃には紐は結び終わり
足を下ろされたヒルトがクリスのエスコートによって立つ
「クリス、思ったよりも早く帰ってきてしまったんですね」
さも帰ってこなくても良かったのに、
そんなニュアンスたっぷりの言葉にクリスは意に返さずにこりと笑い
「えぇ・・・・前回は不本意ながら遅れてしまいましたからね」
「でも早く帰ったからと言ってその仕事が完璧とも言えなかったら元も子もありませんよ?」
「ご心配にはよりません、ヒルト様の命には完璧ですので」
ベッドに置いてあったベストを着せながらクリスがそう言う
前に回って床に跪きながらボタンを留め始めると、
ジルの眉間の皺が着実に深まった
「朝から何ていう顔しているのですか、」
「・・・・いつもと変わりませんよ?」
「何を仰りますか、眉間の皺が当比社1.5倍増しですね今日は」
ボタンを留め終わった次はその上からジャケットを羽織らせた
そしてとんとんと、己の額を指先で叩く
「・・・・気のせいです」
「そう思いたいだけでしょう?」
「それこそ全くの気のせいです」
「往生際の悪い男ですねぇ」
「貴方ほどではございません」
「ご謙遜を」
いつものように、
ふふふふふっと笑い声の割りに低く冷たい響きだ
「先を越されたからと言って僕に当たるのは見当違いですよ」
「何を仰っていますか、その考え自体が見当違いですよ」
「おや、僕の洞察力はヒルト様のお墨付きのはずですが、ねぇヒルト様?」
ぼんやりとなされるがままに服を着せられていたヒルトが、
話しを急に振られて真上の顔を見上げて、
そして次は横を見上げる
「え?あぁ・・・・・うん、そうだな」
「ほら」
「むしろ確認を取らなければ核心にならないお墨付きなど意味がありますかね?」
「いいぇ強調したまでですよ、真実を」
「無駄な事にヒルト様のお手を、むしろお口さえも手間取らせる貴方はやはり執事の風上にも置けませんね」
腕を組んで見下すように目を細めながら、
っふんと鼻を鳴らす漆黒の執事
先ほどから言うこと総てを一掃されて、
さすがに口元がひくりと痙攣を起こす白銀の執事
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
一歩も引かないそして決着の行方などどこにあるやらと言う具合の舌戦に、
ヒルトは小さく欠伸を零した
「大体あなたと言う人は、」
「言わせて貰いますが」
と、
せっかく止まったはずの舌戦が今まさに再開された
相も変わらずな2人に間に挟まれたヒルトが隠しもせず大きく欠伸を零した
「お〜〜〜ぃ・・・・・せっかくの朝食が冷めちまうぞ・・・・・」
誰も食堂にやってこないことに痺れを切らしたコックが、
お玉片手に主人の部屋を覗き込めば
大人気ない執事の言い争いを目にしたとか
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ご主人様の取り合いが、
いつの間にか日頃の恨みに発展
一歩も譲らない二人です、うん