■ ラムネの呼吸











遠くからいつも見つめる先には、
作り物のように整った顔立ちの冷たい表情の兄の顔
高校に上がってからかけるようになった銀フレームの奥に隠された焦げ茶色の瞳
切ることを怠っている髪がサラサラと肩につきそうに揺れている
カリスマ集団の中にいてもその存在が消されることなく目立つ兄、
成績も難なく上位に位置し、
小さく細い身体には不似合いな運動神経、
揺るぎない不動の信頼と人気を誇る




早瀬 円




と言う人物
その人が兄であると自慢できる
自分の兄を誇れる


そんな中で、
兄弟という壁を乗り越えた関係になってから気付かされる違い
選ばれたような兄の隣に立てる自分なのかと?
いつも思う
平凡で何も誇れるものがない自分が、
そんな兄の隣に立てること、
嬉しいようで、
少しだけ、
寂しくなる
もっと兄にあう人がいると思うのに、
こんな自分を選んだ
卑下するわけではないと思うけれど、
それでも考えてしまう
弱い自分
いつか離れていって行ってしまうかもしれない
そんな恐怖から、


いつも、

いつも、

考えている








アナタの隣に立っても

いい自分なのでしょうか?










「よそ見して、どこ見てんのさ?」

そんな呆れたような声とともに、顎を乗せた腕をペンでつつくのは数日前にこのクラスに来たばかりの真館だ。
葉山学院前期恒例の【校内交換留学】で、あの超絶進学クラスのC組から来たのだ。
どんなガリ勉が来るのかと思ったら、
かの有名な【3バカ】と言われる3人の一人でハイ・テンションに見合わないほどの美少女顔の持ち主だった。
黙って立っていたなら、アイドル顔負けだが一言でも喋るならばお笑い芸人も真っ青な奴だった。

「・・・・・校庭。」
「いや、そりゃ目線の先を追えばそれくらい分かるさ!つーーか、何を基準に見てるのかな?と思っているに次第なのでありますよ?」

にやり〜〜ん、と意味深に笑う真館には俺がどこを見ていたのか分かったのだろう。
けれど敢えて聞いてくる辺り人が悪いと言うか何と言うか・・・・
苦笑が零れる。

「ご自慢の兄上ですよ。」
「いやんっ早瀬君たらノロケ!?アタイにノロケを聞かせようっての!?」
「・・・・・・自分で聞いてきたんだろうが。」
「答えられっと腹立つよね?」
「知らねーよそんなことっ」

そんな意味不明なこと聞かれても答えられるわけもないし、聞いてくるほうがオカシイ。
ズイっと寄せられた顔に逃げるように身体ごと窓際による。
女慣れしてるからといって、そんじゃそこらにいるような美少女顔ではない真館の顔が目先10cmにもなると困る。

「純情少年に愛の口付けを!」
「うっわ!」
「避けるな純情少年!」
「オイっいきなりやめろーーー!」
「アタイの唇を奪ってーーー!」
「奪えとか言って迫るな!」

ぶちゅーーーっと唇を突き出してくる真館の顔をグイグイと戻す。
ようやく騒ぐ生徒に気付いたのか、担当教科の教師が『煩い!』と叫ぶ。
叫ぶだけで今の状況の可笑しさには突っ込み無しだ。

「授業中にすることないだろうがっ後にしろ!!」
「って先生!後なら良いってもんじゃないでしょう!?止めてくださいよ!」
「俺の授業が滞りなく進むなら問題ない。」
「問題ありですから!ってか真館顔近づけすぎだーーーーー!!」
「早瀬く〜〜ん熱いべーーーーゼをかわそうじゃないか〜〜!」
「い〜〜や〜〜だ〜〜〜!!」

クラスメートの囃し立てる声を受けながら、結局は真館に頬にキスされてしまった俺である。
その感触を拭うように制服の袖でゴシゴシしていると、
真館が複雑そうに見ていたのは無視した。



そんな事を、校庭いた人物に見らていたなんて知らずに




















帰って早々に、玄関に仁王立ちの兄からスリッパを顔面に投げつけられた。


「類の浮気モノーーーーーーーーーーーー!!」


そんな叫び声と共に、もう一個スリッパが顔面にヒットする。
ダダっと2階に上がる階段を駆け上る姿を呆然と見送った。
言われた意味が理解できなく、その姿のまま玄関に立ち尽くしていると妹がリビングのドアから顔を出した。

「るー兄、取り合えず上がったら?」
「え?・・・・あ、あぁ・・・・・」

即されるまま上がる。
兄の円の後を追わずに、夕食の準備をしている妹、茗(めい)のいるリビングへと入る。

「おかえりなさい。」
「た・・・ただいま・・・・」

キッチンからそう声をかけられる。

「えっと・・・・芥(かい)・・・・は?」

もう一人の弟の姿を探しながら茗に問うと、

「まだ部活みたい。大会近いからね。」
「そっか・・・・その割にはお前は早いな?」
「今日顧問の先生用事があって、早く切りあがったの。休息の意味もかねてね。」
「ふ〜〜ん」

2人は双子で芥はバスケに熱中し、茗は空手部の期待のホープだ。
カバンをソファーの上に置きながらズキズキと痛む額を擦る。

「で、るー兄・・・・浮気したの?」
「いや・・・してない。ってか浮気って何だ?」
「付き合ってる人がいるのに、他にも手を出すことでしょ?」

いや・・・ソレくらい分かっている。
そうではなくて、円は何を見て浮気と言ってるのかだ。

「えんちゃんね〜帰ってからずっと機嫌悪かったよ?そこのソファーに座ってず〜〜っと眉間にしわ寄せてニュース見てた。」
「・・・・・・・・・」

コトコト煮込まれている夕食のおかずをゆっくりかき混ぜながら、先ほどの兄の様子を真似るように眉間に皺を寄せる。

「何かあったの?って聞いてもね、『別に』とか言わないし。あ〜〜これは、るー兄となんかあったのかって、勝手に解釈したけど当たらずとも遠からずって感じね。」
「・・・・・・・茗・・・・・・」
「ま、その様子から言ってえんちゃんの早とちりっぽいようだけど。」

そう言いながら可愛い顔に似合わない毒を吐いてケラケラと笑う。
どっと疲れが押し寄せた。
2歳年下の妹にからかわれている自覚はある。
十分に・・・・・
これ以上ここにいたら何を言われるかと身震いして、リビングを出ることにした。

「ちょっと・・・・話ししてくるよ。」
「は〜い・・・あ、長くても一時間で下に下りてきてね?」

にっこり微笑まれて、見送られる。
侮りがたし、妹・・・・・
階段を登りながらこれからの妹の行く末に正直な話し・・・・・・・・・悪寒が走る。
口が裂けたって言えない自分が情けない。
兄の部屋の目の前で妹への小さな溜息をこぼし、締めら邸内ドアをノックもしないで部屋に入る。
広い部屋の中央に位置する大きなベッドに不自然に盛り上がった山。
そんな兄にも溜息1つ。

「・・・・・・・ま〜〜どか。」
「溜息ついた人なんかに返事なんてしない。」

してるじゃんとは、心の中での突っ込み。
ベッドの淵に座ってその山の中心をぽんぽんと軽く叩く。

「・・・・・ねぇ、俺の何を見て浮気って言ってるの?」
「・・・・・・」
「俺したつもりないんだけど?」
「ほっぺにされてたなら、その気がなくても浮気です。」

ほっぺ・・・・??
あぁ・・・・・真館の・・・・ねぇ・・・・
見てたんだ。

「見ちゃったの?」
「見えたの!!」

そう勢い良く声を上げてシーツから顔を出し円の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「何で他の人にキスなんかされてんの!?」
「・・・・・・」
「俺以外に触らせないでって言ったでしょ!!」
「あ〜・・・・」
「あ〜じゃないよ類!俺イヤだって言ってるのっ俺以外に類のこと触んのイヤっ!」

ボロボロと涙を零しながら我を忘れたかのようにまくしたてる。
いつもの冷たい雰囲気も、無表情さも吹き飛んで実年齢を遥かに下回った・・・・・子供のような円。

「類が他の人好きになっても俺離れないからね!」
「・・・・・・」
「ずっと一緒にいるんだから!イヤだって言っても離れないんだから!」
「・・・・・・・」
「類は俺のなんだから!!」

そう叫ぶ円の身体を抱き寄せる。
うえ〜っと泣き出すその柔らかい髪を撫でてあやす。

「ごめんな?」
「うぅっ・・・・・・るっい・・・・う、わき・・・みと・・・った〜」
「いや、認めてませんから。」

俺の謝罪の言葉に早とちりして嗚咽を激しくするのに思わず苦笑が零れる。
本人の自覚無しに、今まで俺が悩んでいたものを吹っ飛ばしてくれる。

あ〜ぁ・・・・もう敵わないよ、円には!

「俺の一番は円だよ。言ったじゃん、前に・・・・・俺もう円しか好きになんないって。」
「・・・・いった・・・っど!」
「言ったけど、見て不安になった?」

そう問うと・・・・・小さく頭が上下されて肯定の意思を示す。

「アレはね、円のことずっと見てた俺への嫌がらせなんだよ。」
「・・・・・ぅえ・・・・?」
「惚気んなーって怒られて嫌がらせでされただけだから、何の意味もないしましてや浮気なんてもっての外だし。」

それに真館にはもういるしね・・・・・あの人が。
口には出さずに脳裏に浮かぶヘビースモーカーのアノ人。

「で・・・・も・・・・可愛かった・・・・・・!」
「まぁ・・・・・可愛いかも知んないけど・・・・・」
「ほら!」
「最後まで聞く。世間一般で言ったら真館は間違いなく可愛いんじゃない?」
「・・・・・・・っ」
「でも、俺が可愛いって思うのは円だけだよ。」
「・・・・・・・」

胸に埋められていた顔が、ホント?と問いかけながら上げられる。
涙でくしゃくしゃになってしまったけれど、そんな顔も可愛い。
誰が何と言おうと(言わないけどさ)円は可愛いんだから。

「円好きだよ・・・・ずっと一緒にいてね?」
「い・・・・っる!」
「うん・・・・いようね・・・・・」
「ずっと・・・ずっと・・・・・一緒にいてね・・・・・」







いるよ





まだ自分は弱いけど、


ちゃんと円の横に立っても胸を張れる自分になるために


円が安心できるために、


円を泣かせないために、


努力する



そのままで良いって言うかもしれないけど、


譲れない


それは俺の意地だから、