09:懐古










どこで一体

狂ったのだろうか

こんなはずじゃなかった

こうなるはずじゃなかった



全部



全部


 懐かしむには

まだ

痛い思い出



過去にするには


失ったものは大きくて


どうしても、

まだまだ


鮮明で


記憶に刻まれる

身体に染み込んでいる


忘れることなんて




出来るはずがない










『BALOR - バラール - 』

暗闇の中にぼんやりと浮かぶ
薄暗い光を放つ看板が、
そこにあった

暗闇に紛れるようにして4人が立つ

「・・・・ホントに来るわけ?」
「七緒を攫われて黙ってられるか・・・・」
「そうだね、でも・・・・俺とアンタがいることで問題にはなる」
「分かってる、俺は俺で動く」
「そうして」

【RED】と敵対関係にある楓といれば
下手な噂が立つ
表立ってぶつかり合っていない今の現状が好ましいのも確かだ
それに、
あちらの目的が久保田だけとなると
意識は自然的にそちらに向くというもの
救出するにも動きやすい

「志賀センパイもそっちにいて」
「いいのか?」
「その方が良い、多い方が助けやすいだろうし」
「・・・・分かった」

数秒の間があって志賀が頷いた
それに軽く久保田が笑う

「じゃ〜取り合えず、二手に分かれよう」
「何かあったら携帯にかけて」
「OK」

頷きあって
久保田は堂々と入り口から
3人は裏へと回る





かつん、かつん
と軽い音を立てて冷たい階段を下りる
目的の相手に対面できると思うだけで興奮で手が震えた
これで漸く目的が晴らせる
押さえきれずに
笑みが浮かぶ

「・・・・その前に、ヤれるだけヤれるってのも良い感じ」

階段下りた半ばほどで、
前と後ろから数十人が現れる
それぞれが下卑た笑いや、
勝ち誇った笑み
馬鹿みたいな嘲笑を浮かべている

「一人で来るなんて、どれだけ馬鹿だお前」
「腕折られるだけで帰れると思うなよ?」
「死んだ方が良い思いさせてやるからよぉ」

口々に言われる言葉に、
フワリと笑みを浮かべ

「その言葉そっくりお前らに返してやるよ」
「ってめー!」
「死ねっ!」

ワッと階段を下りてくる奴、
鉄パイプを掲げながら階段を登ってくる奴
それらを見やり
階段を勢い良く駆け下りて鉄パイプを持った男めがけて飛び降りる

「っ!?」
「うっかり死んでも事故ね、」

驚いて動きの止まったその顔に蹴りを食らわせて、
後ろに傾くと、
重力の法則にしたがって後ろに傾き
後に続いていた男を巻き込んで転がり落ちていく

どどどっ
だんっ

幸か不幸かまだそんなに高くない位置、

「・・・・っと、」

何人もの馬鹿な奴らを足蹴に下に着地する
下でうめき声も発せずに伸びる奴や
足が変な方向に曲がった奴
潰されて姿が見えない奴までいた
それらを踏みつけて上を仰ぎ見る
目を見開いて階段半ばで呆然と俺を見た

「死ぬか生きるか、今そこで考えな」

痛い思いをしたいか、
後で痛い思いをするか、
負け犬ヨワムシ意気地ナシと罵られるのを受け入れるか、

「その空っぽの頭で考えろ、俺とお前らの差を」

この歴然とした差を、
敵う相手か敵わない相手か、
見れば分かるだろう
見なくても感じるだろう

「・・・・・・・」

何人もが息を呑んで動かなかった
そうただ勢いの奴らだからだ
集団で襲えば勝てると思っている奴らは
敵わないと認めれば動かない
ただの馬鹿

「・・・・利口だね、」

笑みを残して走る
雑魚に用はない
走って
時おり見かける【RED】を蹴散らして、
扉を守るように立つ数人のいるその部屋のドアを蹴り破った

バーンっ
派手な音を立てて扉が吹き飛ぶ
手加減するのを忘れた

部屋の奥
大きな横長いソファーには数人の男
その目の前には、
横たわる一人
その意識を失ってる一人を足蹴にしながら【RED】のリーダーは、
笑みを浮かべて俺を見てきた

「お前一人か?」
「見て分かんないの?眼科行けば?」
「いい性格してんじゃね〜の、」
「ありがとう」

その言葉に礼を述べて、
スタスタと近づく
そのソファーに右から幹部の岡崎、斉藤の一人分を置いて大津
その大津よりもっと左に外れた所に葉月と言う名の男が座っていた
そのまたソファーの後ろには赤い何かをつけた連中がずらりと並ぶ

「一人でどうにかなるとでも思ってきたのか?」
「大勢でしかできないと思ってる連中に負ける気はしないんでね、」
「・・・・お前馬鹿じゃねーの?」

大津の言葉と共に、
笑いが起きる
あからさまに笑って俺を馬鹿にする言葉も飛んだ
それに肩を竦めて返し

「事実関係で言えば、お前よりは頭の出来はいいぞ?」
「出来じゃねーよ、頭オカシイって言ってんだよ」
「オカシイ?オカシイのはお前らだろーが」

一歩近づいた、
大津が手を振る
後ろに控えた連中の半分が前に出てくる
それと同時に斉藤と岡崎も前に出てきた
あの大会で対峙した相手の見覚えのある顔

「試合でも負けて、勝負にも負けるつもりだなんて凄いねアンタ」
「空手と喧嘩は違うぜ?」

威嚇するようにバキバキと指を鳴らす
試合の準決勝で瞬殺した相手

「知ってるよ、そんな事」
「だったら・・・・お前の強さは決まり事の中だけだ」
「一生歩けなくなっても、恨むなよ?」

ニヤニヤ何がオカシイのか笑い続け、
そんなお決まりのセリフをはき
一人が殴りかかってくる
すらりと身体を捩って飛んで来た相手の横っ腹を蹴り付けて部屋の隅に追いやった
壁にぶつかって、
何かを倒す音が響くだけで声はしなかった

「グダグダ言ってないでかかって来いよ、馬鹿どもが」

俺にはそんな脅しなんて必要ないんだよ、
この憂さが晴らせれば
ただそれだけだ

怒りに顔を染めて
俺の前に立ち並んでいた全員が飛び掛ってくる

「っざけんなー!!」
「う゛らぁぁぁぁっ!!」






「アイツ・・・・ホントに一人で大丈夫なのか?」
「あん?」

暗い階段を上っていると、
最後尾にいる志賀に楓が顔だけを振り返らして問いかける

「あぁ・・・・アイツが大丈夫と言えば大丈夫なんだろ」
「だが・・・・あんな細腕でホントにか?」
「ま〜見た目で言えばそう思うかもしれないけど、あれでも空手の全国大会優勝者だぜ?」
「「えっ」」

黙って聞いていた俺も思わず楓と声をハモらしてしまった
嘘じゃないのだろうか?
そんな表情を浮かべて振り返れば志賀が苦笑する

「事実、だって俺が決勝戦で負けた相手だからな」
「・・・・お前?」
「そう、俺」

この男もそうとう強いのだと知れる
空手と言っても志賀の場合は実践向きなのだろうと思う
ガタイが少年期のモノとは思えないほどだ

「それにアイツ・・・・日本にいる前はいろんな国で武術とかやってたとか言うし」
「日本にいる前?」
「詳しくは聞いてねーけど3歳くらいからアメリカに住んでたとか?」
「マジかよ・・・・」
「マジ、一年前ぐらいに帰ってきたんだと」

楓が目を見開いて驚いている
階段を上りきっても動かずにその場に立ち止まる
俺と志賀が踊り場について先に上がった

「爺さんが柔道の師範で、世界中で教えて回ってたんだってよ」
「くっついて、ね〜」
「少林寺もかじったとか、ブラジリアン柔術と、テコンドーとかカンフーとか、もー色々と・・・・無差別に、らしい」
「・・・・こ、こえー」

つい本音の漏れたらしい楓に寸分たがわずに同じ思いが俺達2人にも心の中で漏れた
あの強さの意味を知った気がする
一人でも大丈夫と言えるわけだ、
心配して損なのかもしれない
思い始めたところで廊下の奥で話し声が聞こえてきた

「・・・・アレか?」
「たぶん」

壁に寄り添って窺うと様子がオカシイ
何か緊迫している
小さく聞こえてくる声が

「――・・・っヤベーって!」
「マジかよっ」
「幹部連中ほとんど全滅だって言ってる!」
「ど、どうする?」
「逃げた方が・・・・良いとか?」
「で、でも大津さんがっ」
「葉月さんもまだいるし、こっちに来るってさっき―-」

全滅?とか・・・・言ったか?
思わず3人で顔を見合した
黙って様子を窺うとバタバタと慌しくしている

「もしかして、今のうちか?」
「かもな、」

一つ頷いてかえでを見る

「逃げると事を先決としよう・・・・俺が2人を連れて行く、杏慈アイツら引きつけてくれ」
「分かった・・・・志賀も良いな?」
「りょーかい、」
「・・・・・行くぞ」

混乱に乗じて乗り込むのに、
志賀が一番最初に飛び出した
次に俺が続くと
静かに楓も後に続いて走り出す
急に現れた俺達に不意を疲れて反応の鈍った連中を容赦なく殴り倒していった
しかし、それは一瞬のことで直ぐに体勢が整うとそこは戦場と化す
殴り殴られ
蹴り飛ばしては襲い掛かる奴らを避ける
中にどうにか楓を入れると直ぐに奥に走りって行った
その楓も容赦なく蹴り飛ばして投げ飛ばしていく

「楓っ」
「――――――・・・・見つけたっ!!」

半数に減ったところで、
囚われた二人を抱えて出てくる
思ったよりは怪我もないように見えた
確認してから今度は逃げるために入り口に向った
志賀が一人を受け取って先に出ると
楓が背中にしょって駆け出す
俺も後に続こうとした時

「まだ帰るには早いんじゃねーの?」
「!?」

振り返った時には遅く、
横っ面を殴り飛ばされた
廊下に吹っ飛ぶ

「杏慈!」
「さっ・・・先に行け!」
「そうそう・・・・後で追いついて、お前らもぶっ壊してやるから今のうちに逃げとけ」

クラリと「揺れた頭を振って痛む顔を顰める
立ち止まって此方を窺う楓に怒鳴り返した
一瞬の躊躇いの後に走り出す
目の前の男は楓たちを追うことはせずに俺を笑って見下ろしてきた

「榛原杏慈じゃん・・・・俺、葉月ヨロシク」
「・・・・・っへ〜俺って有名なんだ」
「まー少しは?」
「でも俺はお前を知らねーなぁ」
「俺は目立つの好きじゃねーんだよ、」

綺麗な顔が歪んだ笑みを浮かべていた
薄気味悪い表情に、
眉を顰めて立ち上がろうとした・・・・・が、
その膝に葉月が足を置く

「人間の痛みの限界ってどこだろうな?」

急な話しのふりに、
余計な動きはせずにその顔を見上げた

「・・・・・さぁな」
「知りたくないか?」
「それほど、」

だんだんと、
膝に乗せられた足に力が入ってくる
痛みを感じるギリギリの所で勢いが止まった

「探究心の薄い奴だな・・・・・知りたいだろ?」
「知りたくない」

そう返せば、
葉月の笑みが深まった

「じゃー思い知っておけ」



バキリと砕ける音が、
自分の耳にではなく、
体中に響く

衝撃の後に
いっきにそこから全身に、

突き抜けるように
痛みを超えた激痛が



「っっっあ゛ぁああぁあぁああああぁっ!!!!!!」





同じ場所での二度目の砕ける音と
最初以上の痛みと衝撃



白く弾ける視界


何も聞こえなくなる聴覚




目の前では
葉月が咆哮を上げるように笑っていた