■ 日々成長中 ------- 2



















その頃の捜され人はと言うと、体育館の薄暗い地下倉庫で埃かぶった跳び箱に腰掛け、
小さな空気窓から零れる光の先につま先を当ててぼんやりと空を見つめていた。
勢いで授業をサボってしまったため、
こんな所に隠れる羽目になっていると言えばなっている。
本当は次の授業の時に、借りてきた本を読もうと思っていたのにな・・・・・・
と、小さく息を吐いたところで、

「久保ちゃんはっけ〜〜ん」
「っ!」

驚いて振り返ると、階段の途中から身体を組めた状態の久坂がいた。

「・・・・・・・・」
「こんな所でな〜〜にしてんの?」
「別に・・・・」
「じゃ〜俺も一緒にサボらしてもらいましょう!隣座っても?」
「別に・・・・」
「つ〜かさ〜ココ埃っぽくない?」
「別に・・・・」

ストンと座ってきた久坂から間を空けるように身体を移動させる。
それは移動するにはほんの少し微妙な距離。

「久保ちゃん『別に』しか言ってないよ〜?」
「別に・・・・」
「ほら!」
「・・・・・・・・」

そう言われては口篭るしかなく、何となく気まずくなって久保田は俯いた。
その様子を膝を抱えたその上に顔を横向きにして乗せ、見上げるように久保田を見つめる。
久保田の身長を追い越して少し経つ。
見上げると言う行為はなくなった今、何だかちょっと新鮮さが久坂の中であった。

「ね〜久保ちゃん、瞬ちゃんに右フック仕掛けたんだって?」
「・・・・・・」
「瞬ちゃんスッゲー怒ってたよ?『何でいきなり話しかけただけで右フック!?』って。」
「・・・・・・」
「お陰で八つ当たりされて、耳思いっきし引っ張られた。」
「・・・・・・・ごめん・・・・??」

誤っておくところかな?と言う感情がわかる言い方だ。
語尾が疑問形になっている。
そんな久保田に笑いがこみ上げて、思わずくすっと笑ってしまった。

「・・・・・・笑うな。」
「ごめ〜ん!でも久保ちゃん可愛いんだも〜ん。」
「可愛いわけあるか・・・・・!」
「え〜?久保ちゃんは可愛いんだよ〜!」
「可愛くない!」
「可愛いいよ?」
「可愛くないって!」
「可愛いんだって・・・・・だって俺の好きな人だよ?好きな人を可愛いって思うのは普通でしょう?」
「・・・・・・・・っ」

久坂の『好きな人』と言う言葉に、
久保田はあらぬ方向へ向けていた顔を勢い良く振り返らせた。
どこか恥ずかしげだけど、その中に寂しさもあって・・・・

「久保ちゃん何かあったの?」
「・・・・え?」
「悲しいって言うか〜寂しいって感じに見えるよ?」
「・・・・・・・・」
「瞬ちゃんも言ってた、久保ちゃんの様子が変だって。」
「別に・・・・変じゃない・・・・・」

くしゃりと眉根を寄せたその顔のドコが変じゃないと言えるのだろうか?
明らかに何かありますと、顔に出ている。

「・・・・・・・・・・」
「う〜ん・・・・・・アメ食べる?」
「いらない」
「そ?久保ちゃんの好きなペロキャン・オレンジ味だよ?」
「・・・・・・いらない」
「そ?」

ポケットから出したアメの包装をビリビリと破いて、口に入れる。
人工的なオレンジの味と香りが広がった。

「やっぱペロキャンと言ったらオレンジかイチゴよね〜」
「・・・・・」
「黒子とか瞬ちゃんはメロンとかグレープって言ってたけど、オレンジよ!」
「・・・・・・」
「ね、久保ちゃん!」
「・・・・・・」

同意を求めても、隙間から差し込んできた光に当たっているつま先をジッと見つめて黙ったままの久保田に、
不意打ちでチュッと軽く唇を寄せた。

「っっ!!」

急なことに驚いて口を押さえながら久坂の方へと、勢い良く向ける。

「あ、やっとこっち見た。」
「っ・・・な、っ・・・・!!」
「ね〜久保ちゃ〜ん」

文句を言おうとした久保田の声を遮るように、久坂が前に目を向けたままペロキャンをクルクルと指で回す。

「もしかして、俺と付き合うようになったの嫌になっちゃった?」
「・・・・ちっが・・・・!」
「ま〜久保ちゃんが嫌になったところで俺は別れるつもりはないんだけどさ〜」
「・・・・・・」
「嫌になってるかもしれない理由ぐらいは聞いておこうかな〜って、思うのよね?」
「それは・・・・・」
「俺の事やっぱ好きじゃない?」

ちょっとだけ困ったような、
悲しいような、
寂しいような目でそう言う久坂の声に久保田は泣きそうに顔を歪めて頭を振る。

「ちが・・・・う・・・・好き・・・・だよ・・・・」
「ホントに?」
「ホントに好き・・・・・すごい好き。」

そう言いながら、躊躇いがちにオレンジの味がするであろう久坂の唇に自分のを軽く触れ合わせる。
唇の形をなぞるようにするりと舌で撫でてから、
離すのが名残惜しいかのようにゆっくりと離れた。
そして、話してはいけない事のように目を泳がせながら告げる。

「・・・スゴイ好き・・・だから、何か嫌になったんだ・・・・」
「どうして嫌になったの?」
「分かんないけど、全部嫌だ・・・・・解かんないんだ、何でこうなるのか何でこんな気持ちになるのか。」
「・・・・・・・」
「家族以外に対する好きって気持ちが初めてだから・・・・どう考えていいか解からない。」

久坂のシャツを握って下から見上げるように、もう一度軽く唇を触れ合わせた後にコツンと胸に額を当てた。

「怖くて・・・・不安で・・・・でも、嬉しくって・・・・悲しくて・・・・・何か解かんない。」

ふぅっと小さく息を吐いてから、顔を上げる。
久保田の見上げた先には、照れくさそうで嬉しくってたまらない!と言った感情の浮かぶ久坂の顔があった。

「・・・・久坂?」
「嬉しいな〜」
「え?」
「もーーーーやっぱ久保ちゃんは可愛いって!」
「は?」

そう言うや否や、ガバッと抱きつく。

「久保ちゃん可愛い!!」
「だから可愛くないって。」
「い〜〜や!可愛いの!誰が何と言おうと久保ちゃんは可愛い!」
「意味解かんないし。」
「俺も久保ちゃんスッゲーーー好きだよ!」
「・・・・・・・・」
「好き、大好き!大大大好き!!好き好き〜〜!!」

好きを何回も繰り返しながら、抱きしめる腕の力を強める。
これ以上締める力をこめたら苦しくなる手前で、ぱっと手を離し、

「今の気持ちが分からなくてもいいよ。」
「え?」
「良いの!ゆっくりで良いから、そのとき感じた気持ちの意味を理解すれば、ね?」
「・・・・・・・」
「一気に考えて答えだそうとするから混乱するの、だからゆっくりで良いから考えて?」
「・・・・ソレでいいの?」
「いいの、いいの。ゆっくり考えて答えを出していけば、もっと俺を好きになるから!そしたら、俺も嬉しい!」
「・・・・・嬉しい?」
「嬉しいよ!だって俺の好きな人が俺の事をもっともっと好きになってくれるんだもん、こんな嬉しいことってないでしょ?」

ね?っと言いながら自分の食べかけのアメを久保田の口に押し込む。
カラリと音を立てながらアメを口の中で移動させる。

「心もね、身体と一緒で色んな事を経験して考えて成長してくもんなの。」
「ん・・・・・」
「急ぎすぎちゃうとさ、身体だめにしちゃうでしょ?ソレと同じ。」
「・・・・・」
「その時その時にあわせて成長していけば、自ずと心は色んな事を受け止められて考えられるようになるのさ。」
「・・・・・・・・・分かった。」

アメを咥えたまま、コクリと久坂の言葉に薄っすらと笑みを浮かべながら頷く。
その笑みに、久坂も嬉しくなって笑い返した。






「久保ちゃん好きだよ。」
「うん・・・俺も好き。」







そう言って、どちらともなく唇を合わせた。