昼下がりと紅茶と甘い匂い









昼下がりの暖かい日差しの中、
屋敷の主人は青い芝生の上にじかに座って分厚い本を捲っていた

「・・・・・・・・・・・・・」

そんな姿を見下ろす執事が一人
見下ろしていると言う事実が無礼に当たると意識が確立する前に、
勝手に体が動いて主人に習うように芝生の上に片膝をついた

「・・・・・・・・・・・・・」

そして、
先ほどと同じように無言で目の前の忠誠を誓ってやまない主人を熱い視線で見詰める
それはもう見詰める
見詰める
穴が開きそうなほど見つめる
見詰めすぎて
己の目が痛くなった

「ちょっと、失礼」

誰も聞いてないのだけれど
礼儀は礼儀とばかりに声に出してそういいながら顔を背けて目をこする
白い手袋を外した手の甲で
そして手袋をはめ直してからもう一度、
気合を入れて主人を見詰めた

「・・・・・・・・・・・・」

それはもう時間が簡単に過ぎるほど見詰めすぎても
熱い視線をこめても
向けられた頭の本人はと言うと・・・・

ぱらり

いっさいその視線に気づいていない
気づいていないどころかむしろ執事の存在すら気づいていないかもしれない
そんな事実に執事の目に涙が浮かんだ・・・・かのように見えた

「・・・・・・・あの、ヒルト様」
「・・・・・・・・」

ぺらり

「ヒルト様〜〜」

ぱらり

「ヒ・ル・トさっま!」

ぱらぱら

全然まったくもって声が届いていない
がくりと執事の肩が落ちる
ここまで無視される所以は何だ!?と天に向かって叫びそうだ
叫んだところで目の前の主人はきっと気づいてはくれないだろうけれど
されはそれでまたもや寂しい

「ヒルト様、あまりの仕打ちにこの執事歴・・・・ぅン十年のジルフィード、初めての涙を零しそうですっ」

舞台の大女優の大演技も真っ青な涙ならがらに、
いやむしろ本気の涙を流しそうな勢いでヒルトに訴えるも
訴えられている人物には存在すら知られていないのだから意味がない

あれ、
何だか前が歪んで見えないや(壊)

何て手袋に覆われた指で目尻を拭う執事の姿を
見るものは今のこの場にはいなかった

そんな昼下がり
いつまでも平穏なアリシュハルビス家

ちゅんちゅん
チチチッチ
ピィピィ

などと鳥も鳴くが
いや寧ろ煩すぎの大合唱だが
読書に夢中なヒルトには何の意味すらないというか何と言うか
隣で執事が嘆こうが、
その視線を釘付けにしてるのは憎き書物
本気の殺意が大人気なく湧き上がった頃
ぴくりとヒルトの肩が揺れた
ゆっくりと顔が上がる

「・・・・ヒルト様?」
「・・・・だ」
「は?」

小さな呟き
思わず間抜けに聞き返す漆黒の執事
首を傾げて小さな動きを見せる唇に集中
むしろ危ない人

「ティータイムだ」
「・・・・・・・え?」

小さな呟きがちゃんとした言葉になる
ティータイム??
と、口にした瞬間

「「ヒルト様〜〜〜お茶の時間です!」」

双子が現れた
サラの手にはティーポットとカップやらが、
マーヤの手にはそれはもう唾液腺を刺激されそうな香ばしく甘い匂いを放つアップルパイ
焼き立てなのか仄かに湯気が立っている

「邪魔ですわ、ジル」
「そこをお退きになってくださいな、ジル」

双子の編み上げのブーツが揃って呆ける執事の背中を蹴りつける
容赦ない蹴りつけ
無様にも漆黒の執事はあらぬ方向へと転がされた
そして今までいた場所にサラが、
その反対側がにっこりと愛らしい笑みを浮かべたマーヤが陣取る

「さささ、ヒルト様!今日はヒルト様の大好物のホッとアップルパイにございますよ!」
「・・・・・・うん、」

好物が目の前に出されて、
ほんわり笑顔のヒルト
危うく手の中のティーポットをぶちまけそうなくらいの勢いでくらりとカウンターパンチを食らうサラ、
しかしそこは勤続ぅン十年のベテラン・・・・・取っ手を握る手に力をこめて耐えた
しかし微妙な音を立てる陶器のそれはきっともう使い物にはならないだろう

「ヒルト様、どのくらいの大きさに切り分けますか?」
「・・・・・これくらい」

うきうきわくわく顔のヒルトがさす大きさは約半分
それはそれでどうかと思うのだが、
そこはやはりご主人様至上主義者のマーヤニッコリ笑顔で頷いた

「コレくらいでございますね?」
「・・・・・んっ」

またもや愛らしい笑顔に当てられたメイドは思わず焼きたて熱々のアップルパイに顔を打ち付けそうになった
打ち付けて暴れたい気持ちだったが忍耐をコレでもかと総動員して耐え抜いた
これぞメイドの鑑である!←いや違うだろ(執事心の突っ込み)
めきりと音を立てたそれは確か銀製のナイフだった気がする
持つ部分が指の形に歪んでいるのは気のせいだろうか?

「「さぁっヒルト様!どうぞ召し上がってくださいな」」

メイド2人が声を揃えてそう言えば、
ヒルトが何かに気づいたかのように熱い視線を送っていたアップルパイから目を離し

「・・・・・あれがない」
「「え?」」
「ない」

あれ?がない、
2人のメイドが笑顔を浮かべたままに固まる
あれとは何ぞや!?
笑顔の下で冷や汗をかきながら思考の記憶を総動員してそれを何か思い出そうとフル回転させる
しかしそれが何のか思い出せないというかわからない!!
が、

「こちらでございますよね?」

声が聞こえたかと思うと、
世の女性を敵に回すような仕打ちを笑顔でなさったのは
先ほど蹴られて飛ばされた漆黒の執事で
とある目にも当てられなかった姿はどこへやら
目の覚めるような微笑を称えて

「お望みのものでございますよ、」
「・・・・・・・」

ぱぁぁっぁっとヒルトの顔が輝く
それはもう思わず目を逸らしてしまうほどに輝かしい笑顔!
いつも見慣れているはずの執事も一瞬だけ体が硬直して折り曲げた状態の体が小刻みに痙攣をしていたが
しかしやはりそこはアリシュハルビス家の敏腕執事、
体は痙攣しても手だけは振るさせることなく主人の前にそれ、

「バニラのアイスクリームですよね」
「・・・・・ん、」

熱々のホットアップルパイにそれを乗せた
熱で溶けはじめた少し黄色巳を帯びたそれがとろりと流れた
それをもはやこの世に存在するはずのない至宝を見つけたかのように恍惚とした表情をする
何だかおかしげなヒルトがいた
今まさにこれぞ至高の宝だ!!と掲げて叫びだしそうな勢いである
勢いっていうか腕がその行動を我慢するようにぷるぷる震えた

「「ヒルト様・・・・・そんなに感動されて・・・・・!!」」
「ホントにお可愛らしい・・・・・!」
「鼻血ものですわっ」
「アタクシ・・・・・貧血が・・・・!」
「あぁ・・・・何という素敵な笑顔でしょう」

使用人が各々に何だかヒルトがこの言葉を聞いたら切れそうなのを声に出していた
出していたが一つに集中していると外野が聞こえないヒルトが災いしたか
そんな声はお構いないにブツブツと小さな声で、
ホットアップルパイがどれほど素敵かつ美味しく最高のものかを呟いている

もー何というか、
ペットは飼い主に似ると言うか
さすがはこの変態どもの主人と言うべきである
行動が似ていた


そして
声なき叫びが青空広がる空の下に響き渡るのはそれから数秒もたたない先のこと









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馬鹿ばっかりというわけですよ、うん
似たもの同士と言うか
何と言うか