□ 罰が降る国
















胸騒ぎがする

落ち着かない胸の鼓動を抑えて窓から見える景色を見詰める

城からどこまでも真っ直ぐに続くような長さの大通り

道の両端を占めるのは、
この国の独特の生業である【遊楽街】が賑わっている
きらきら光る明かり
ゆらゆら揺れる灯籠


人は溢れ返り




たった一夜限りの



夢と



愛と




何もかもを埋め尽くすような快楽を求めるモノばかり





自分には縁がないそんな町並みを横目に移動し、
町並みが途絶えると一気に静かになる



厳かな空気流れる一帯



もうそこは北の奥神殿に繋がる
神の領域
神聖なる場所


我らが、
夜の神・アルマテラトが夢を行き来するために使われると言う神殿




眠り

目覚め



夜を愛する神



死と

安らぎと

眠りを



司る







「・・・・アーウィン、着いたぞ」
「え?・・・・・・・あ、はい」

ぼんやりとしたせいで、気付くのが送れ外に出ていた兄の声を聞いて慌てて降りる
ひんやりとした空気が頬を撫でた
微かな悪寒が背筋を駆け上る
先ほど感じた胸騒ぎが増す

ふいに音のする方へと眼を向けた
神殿の方が何か騒がしい


珍しい物音に兄と顔を見合わせるていると、
ココに務める下級神官が小走りに近寄ってくる

慌てながらも頭を深く下げ
兄の足元に跪いた



「・・・・・?」
「どうした?」

迎えに出た来たこの神殿の神官が今一度恭しく礼をする姿に声をかけると、
深く頭を下げながら答えた

「申し上げます、我らが神の地に先ほど災いと不吉をもたらす穢れた星が舞い落ちたようです」
「・・・・・して?」
「は、ギャスカ様が穢れた星を我が地より除する任に就かれております」
「・・・・・・・」

その言葉を聞くと、
兄は眉間に深くしわを刻んで不機嫌をあらわにする

「兄様・・・・」

険しい顔を見上げて声をかけると、
小さく頷く

「ギャスカの元へ・・・・・そこへ案内しろ」
「っえ?あ・・・・・いえ、しかし、陛下御自ら赴きにならなくとも、よ」
「いいから案内しろ」
「っ・・・・・・は!」

しどろもどろに言葉を濁すその姿に冷ややかな兄の声が落ちる
慌てて深く頭を下げると、男は顔を真っ青にして導くように先を歩いた
その後ろに僕と兄も続く





暗い夜の道、
白い石畳のその道を歩く
こつこつと静かな空気に響くいくつもの靴音
奥に進めば進むほど胸騒ぎは増していく

今は胸騒ぎというよりも・・・・別の何かが、
感覚だけではなく肌に感じさせる何か・・・・・


この神殿内の空気を震わせている
空気が
ここに満ちる気が
怯えるかのように
怒るかのように
振動するように震えている
その異常とも言える状況に兄も何かを感じ取っているのか、
僕の肩に手を置いた



覆い茂った木々抜けると、
目の前に広がる厳かな神殿



・・・・・・・−−−−−、



「・・・・・?」


その一歩手前

何かが僕の耳に
そして兄の目の前を、



−−−−・・・・・・−−、




よく聞こえない小さな音のような・・・・・
それを捕らえようと
その地に踏み入れた瞬間、




・・・・・−−−−−−−−!!



ドンっと、
重い何かが胸を突き抜けた


「っ!」




僕は駆け出す




「アーウィンっ!!」



驚く兄の声に振り返る余裕などなく、
一直線に奥へと駆けた



胸騒ぎは
身体全体に広がる

振動
ドン、ドン、ドンっと、
胸を打つ
身体を震わせる



痛みと



悲しみと



怒りに満たされた



それは己のモノではなく



この地に古くからある何者かの





叫び

悲痛な


助けを求める


悲鳴





それは耳を塞ぎたくなるほど悲しみに満ちた声
あまりにも悲痛な感情に、
己の心ではない何かの影響で止めどなく涙が零れる



「いやっ・・・・いやっ・・・・・いやぁ!!」




消えないで!



いなくならいで!






駆け抜ける
もつれる足を叱咤して
切れる息を我慢して

光漏れるその先へ、

よりいっそう震える空気の中へ


ザッと茂みを抜けるとそこには噎せ返るような血の匂いに満たされていた
眼を覆いたくなるような光景
白い石畳に広がるおびただしい量の血

そこは正しく血の海

そして、
赤い海に横たわる




誰か




「皇子!」
「ココは危険ですっお下がりください!」

慌てて神官が駆け寄ってきて、
固まり立ち尽くす僕を遠ざけようとする
ハッと我に返り、

「僕に触らないでください!!」
「っ!!」

身体に回された腕を払いのけらながら叫ぶ
王族の言葉はいくら神に仕える神聖な職の者でもそう簡単に逆らえるものではない
急いで離れていく
その隙に赤い血に沈む人物に近寄った

「っ!?」

しかし、
伸ばした指先がその身体に触れる寸前に腕を掴まれて座り込むのを防がれる

「皇子・・・・いくら貴方様のお言葉でも、コレをお許しするわけにはいきません」
「離して下さいっ」

掴む腕を追って見上げると、
そこには冷淡な表情を浮かべるこの神殿の大神官ギャスカが見下ろしている
掴む腕を振り払おうにも、
痛みを感じるほどの強さで掴まれて身動きが取れなくなる

「なりません」

いっそう掴む力を強め
嘲うかのような冷めた笑みを浮かべた

「皇子だからこそ、この者に触れることは許されるわけがないのですよ、」
「それは、貴方が決めることではないはずだ」
「いいえ、これは秩序うにも等しい・・・・・こんな穢れた星を背負ったものなど」

視線が横たわる背に向けられる
それはまるで汚いものを見る目
人を、
今にも命の灯火が消えてしまいそうな人を見る目ではない

「何を・・・・何を言っているのですか!?人です、私たちと変わるものなどありません!」
「貴方様と同じわけがない、貴方は神聖なるアルマテラトの血を引く一族です」
「・・・・・遠い昔の血など、今のこの場には関係ない」

遠い昔の神の血など!
遥彼方の血などと言うものは、今の僕にあるわけがない!!

「離して下さい・・・・・命令です」
「・・・・なりません」

余り言う事のない言葉を使うが、
それでもギャスカは手を離すことはなかった

「離して!!」

叫んだ瞬間

「私の弟に触れことは許さない、放せギャスカ」
「っ」

追いついてきた兄の静かな声が響く
声を荒げるのではなく、威圧を込めた強い声
上に立つ者の声がそこに響くといっせいに空気が凍る

「聞こえなかったのか、放せ」
「・・・・・」

さすがに逆らえるはずもなく、
ゆっくりと離された
頭を垂れさせるも視線は兄の顔を見上げている
そこにあるものは忠誠線などではなく邪魔者を見る目だけ

「陛下、こんな所まで足を運ばれて如何なさいましたか?」

そこにいた全員が地に足をつけ
深く頭を下げる中、
ギャスカはこの国の長を正面から見据えた

「何の騒ぎだ?・・・・私の許可なくこういったことをして許されると思っているのか?」
「・・・・・・・」

何も答えず曖昧な笑みを浮かべ続けるその顔を睨みつけ
後ろに横たわる人物を視界に入れた

「・・・・・・アーウィン」
「はい」

目配せをされて近寄り汚れるのを気にせずにしゃがみ込む
そっとうつ伏せに横たわる人物に触れた・・・・・
今は真っ赤に染まっているが元は白いシャツ越しに感じた体温は、
失われつつあるかのように少し冷たかった

「お願いです・・・・・目を開けてください」

仰向けにして閉じられた瞼がある顔を見る
不謹慎ながらも少しだけ胸が高鳴った
閉じられたままの瞳でもすごく整った顔立ちをしていたからだ




「お願いです・・・・」




そっと頬に触れて
口元から垂れた血を拭う



己のありったけの意思を込めて



その人物に



「お願いです・・・・どうか、」



呼びかけた



「・・・・・・どうか、」