目の前には氷の微笑
そんな形容詞を使いこなす人物




「そこにお座りなさい」








そう静かに告げたのは、洲先輩
近頃、髪を長くされてお美しさに磨きがかけられた美貌
そんなお綺麗な顔に絶対零度の冷笑が浮かぶ


晒されているのは、有梨須


言われる前から言葉通りに冷たい磨かれた床の上にその足元にきちんと正座していた
ソレを遠くでむしろ近寄ることさえ出来ずに見守るのはリージェイド達である
そんな不甲斐ない者達を綺麗さっぱり無視して

「有梨須・・・・」
「スンマセン・・・・!」

名前を呼ばれただけで土下座の勢いで頭を下げる
危うくその床に激突の寸前で留まる

「謝ると言うことは自分が何をしたのか分かっているんだな?」
「へい・・・」
「返事は、」
「・・・・はい、です・・・」
「そうだな」

この場をどうにかできないかと場を和ませようとしたのが裏目に出たのか、
洲の背後の空気が一気に重くなる
当たり前といっちゃー当たり前だ
怒られているのだから

「しゅんません・・・・」

有梨須はその言葉に一段と肩を窄めさせた
ゆっくりと腕を組んで下で正座している有梨須に笑いかける
しかしその笑みは冷たいばかり

「では何故に、アルガースト殿の言いつけを守れなかったのかな?」
「・・・・・・」
「陛下の言いつけを守れなかったかな?」
「・・・・・うぅ・・・・・・」
「ルーカス達を撒いたかな?」
「すんまそん・・・」
「ま、撒かれるほうも撒かれる方だけどね・・・・」

ちらりと視線を向けられたアラシとルーカスは背筋に悪寒が走るのを感じた
びくっと身体を震わせて、目を泳がせながらも頭を下げる
戦場で鍛えてきた精神力も、
どうやらこの洲の視線にかかると形無しのようである

「お前はね有梨須、昔ほど自由でもなければ安全とは言い切れない立場になったんだ、分かるな?」
「はい」
「それを承知でこの国の后に、陛下に嫁がれたんだろう?」
「・・・・・」

未だ平和を保たれているからと言って、この先そうだとは言い切れない国なのである
その周りにある国々は、
この大陸の覇権を握ろうと画策する国もあるのだ

「お前の傍に、いくら強い守れる者がいた所でお前が姿を消していたら守れるものも守れないよな?」
「・・・・・」

藩属国だからといって安心だって出来ない
それだけこのシェーター大陸を治めるデライトは重要な国なのである

「自分の身を弁えなさい」
「・・・・・」

洲にしては珍しく、びしりと厳しい一言だった
いつもは拳骨一つとお小言一時間(・・・・)などで、
それほど厳しくもなければ突き放すような言葉も言わない
目に入れても痛くないほど可愛がっている娘を、建前上の説教で終わらせるのが常だ

「それくらいもう分かっているはずです」

しかし、今日は違っていた
その表情は真剣である

「・・・・・なぜ俺がこんな言い方をするか分かるか、有梨須?」

問いかける言葉に俯いたまま力なく首を躊躇うように縦に振る

「心配、だから・・・・」
「そうだ、だからと言ってお前の立場上の心配ではないよ?」

その言葉と共に膝をついて目の前の垂れ下がった頭を一撫でした
ゆるゆると有梨須の頭が上がる

「この国の后がお前しかいないように、有梨須という人間は一人しかいない」
「・・・・」
「有梨須を失って悲しむのは陛下だけではないんだよ?」
「しゅう・・・せんぱっ・・・・・」
「俺も悲しい、天都も悲しむ、お前を守る立場の彼らだってお前を守れなかったと不甲斐ないと嘆くだろう・・・・」

その一言で、アルガースト達は当たり前だ!と言うように心内で頷いた
もしそんな事をすれば、
自分達の起こす行動一つで・・・・・・・・
大陸全土を震撼させてしまえる出来事だってしてしまうかもしれない

「それほどまでに有梨須の存在は大切なんだ」

ココにいる人たちにとって、
この国にとって、

どんなに
どんなに
君が大切に思われているのか

「有梨須が大切なんだ」
「っふぇ・・・・・・」

優しくなる声音に、
小さく嗚咽が零れる

「ごめんなさいは?」
「ごめ、なっさ・・・・!」
「俺だけじゃないよ、有梨須が心配かけてしまった人達にちゃんと、ごめんなさいをしなさい」

ぽんぽんと小さな頭を即すように撫でると、
涙を零しながら振り返る
その様子を遠目から見守っていたリージェイド達に項垂れながら、
何度もごめんなさいと繰り返した
目頭を押さえて繰り返すその有梨須に近寄って、リージェイドは優しく頭を撫でた

「泣かないでくれアリス・・・・俺はお前が無事でいてくれただけでも嬉しい」
「り、ずぅ・・・」
「俺のアリスは一人しかいない、アリスを失ったら俺は生きていけないよ?」


本心からの言葉だ


アリスが全て、


その存在が全て、


アリス以外は要らない、


アリス以外は必要ない、


そう言葉に込めて、



泣きじゃくる小さな身体を抱きしめようと、
腕を回す・・・・
腕を、
回したはずだった・・・・・
すかっと音がしそうな感触のなさに一瞬だけリージェイドは眉を顰める、
今まで目の前で泣きじゃくっていたその身体が今はない

「・・・・・・・あれ?」

恐る恐る目線を上げていくと、
そこには洲にしがみ付いている有梨須の姿があった

「うぇ〜〜〜〜〜〜んっ!洲先輩っゴメンだざ〜〜い!!」
「はいはい」
「もうじばぜ〜〜ん!」
「お前、ソレ何度目だよ・・・・まったく・・・・」

しっかりと抱き寄せて、肩に埋める頭を優しく撫でた
怒り終わったお父さんが、怒ってゴメンね?
と、言うかのように・・・・

「・・・・・・・・・・」

虚しくも、
すかっと自分に腕を回したような格好で固まるリージェイドの肩に労いの手の平が置かれた


「陛下・・・・・」
 

アルガーストに慰められるリージェイドを知るよしもない有梨須だった