目の前に飛び込んできたアルガースト
酷く焦ったような顔で、
ボクの目の前に跪く

「アリス・・・・大丈夫か?」

さらりと髪を撫でられ口元の血をその白い指先で拭われる
もう喋る気力もなくて、
ニャガの身体に抱きついたまま力なく笑い返した
その笑みに少なからず安堵したのか、

「よかった・・・・」

ほっと息をついて苦笑を返してきた
くしゃりと髪を撫でられ安心しろと優しく目で言われる
そんな事言われなくてもアルガーストが来た時点で安心している

「・・・・少しだけ我慢していてくれ」

言いながらアルガーストが立ち上がる
その動きに目の前の男たちが呪縛が解けたようにビクリと身体を震わせた
その震えは動けるようになったからではなく、
アルガーストの纏う殺気を感じたからである
黒く長いスーツの裾が風もないのにふわりと揺らめく
しかし、
その周りだけ重力がかかったようにズズっと地響きにも似たように震えた

「覚悟は出来ているな?」

声をかけながら、
一歩また一歩と近づくたびに数人の男たちは後ろへとずり下がっていく
まるで同じ極の磁石が押し合ってるように
一定の距離を保ちながら
そうでもしないと立ってもいられないかのように
その中で違うのは、
押してる側の強さである

「・・・・・・っ」

あまりの重圧に
黒尽くめの刺客たちは息を呑んだ
普段は見られない表情が欠けたアルガーストの顔
話しだけしか聞かない・・・・・



昔の面影を残す顔





【黒雷の脅威】





未だにその伝説を残す男



「ニャガ・・・・アリスをこちらに向けないように願いたい」

背を向けたままアルガーストがニャガにそう声をかける
頷きもせずにニャガは背中から僕をずりおろして、
覆いかぶさってきた

『アリス俺の眼を見ていろ』
「・・・・で、も・・・・」
『いいから、見ていろ』


そこで起こる何か、


見届けなくてはいけない何か、


けれど、
ニャガは静かに景色を隠した

『見ておかなければいけない事もある・・・・けれど、見なくてもいいものもある』



お前だけは、

お前だけは関わらなくていい世界

それはアルガーストが唯一見せることのない世界



首を横に向けようとした瞬間、
ニャガにキスされた
狼相手にキスってのもなんだけど、
口と口を合わせられる

「っ!?」

生きて息してる相手に人工呼吸ってどうよ?って思う
たしか息している相手に人工呼吸すると場合によっては死ぬとか教えられたことが頭をよぎる
けれど、ニャガから送られてくるのは息ではなく気
スゥっと身体を満たしていくニャガの気が
体内で侵された膨大な呪いと
血を一気に浄化していくのが分かる
体内で溢れる血が元の場所に戻るように無くなっていく
苦しかった肺と器官が正常に機能を果たし、
大きく肺を膨らますように離れたニャガの口の隙間から空気を吸い込んだ

『苦しいトコは?』
「・・・・・ない、よ・・・・・」
『ならイイ・・・・・』
「ありがとうニャガ」

覆いかぶさるニャガの首に抱きついて感謝の意思を表す、
ニャガは頭に頬ずりをして応えてくれた
そこから前を窺えば、アルガーストが剣を収めているところだった

「早・・・・・」

一仕事終えたような感じ
しかも短時間の作業

「アル?」

その背中は静かだった
名を呼べば振り返っていつものように優しい笑みを浮かべている
ボクのそばに近寄ってくる

「大丈夫か?」
「うん、ニャガが治してくれた」
「そうか・・・・・安心したよ」

苦しいような笑みで前髪をかき上げられ、軽く抱き寄せられた
存在を確かめるように力強くボクの身体に触れてくる

数分か数十秒の沈黙
ふっとアルが僕から離れて笑みを見せてくれた

「戻ろう・・・・陛下に報告しなくてはいけない」
「うん・・・・・ねぇ、この人らってアル達が朝言ってた人?」
「シェーター北部のプラウの者だと思う、付けている紋章が新しく就任した王のモノだ」
「・・・・・・」

言われたその紋章を見ようとして首を伸ばすが、アルガーストに腕を引かれソレができなかった
何だか腑に落ちないけれど何も言わずにその引く手に従う
そしてアルガーストを見上げた

「見なくてイイ」
「何で?」
「お前が見なくてイイ世界だからだ」



それは一体、何?

わかんない

僕が見てもイイ世界と

見なくてもイイ世界って何なのだろう?



「見て欲しくない?」

アルにとって不都合なの?
そう言うニュアンスを込めて歩きながら問えば、
歩みは止まらずに困ったような苦笑が落ちてきた

「それは違う」
「じゃぁ何?」

見上げれば、
どこか在らぬ遠くを見詰めるアルガーストの横顔

「お前には・・・・アリスには笑っていて欲しいからだ」
「?」
「何事もなく、辛いことを知らずに笑っていて欲しい」



それって良い事?

いい事ではない気がする



「何を知っても笑ってられるよ?」





軽蔑なんてしない

嫌ったりしない

怖がったりなんてしない

何を知っても

皆の事を好きでいられる

だって関係ないもの



そんな事、


「笑えるよ?」
「・・・・・・・だからだよ」
「何が、だから?」



そう問いかけせば、立ち止まって見下ろしてくる
優しげな瞳に浮かぶ

悲しみ

痛み

苦しみ



アルガーストが苦しげに、

「アリスはそれでも笑ってるから・・・・・・・笑ってくれるからだ」

だから見せたくない
強くそう言って、また歩き出す
正直・・・・・
言われたことが分からない
だからと言って
意味を教えてくれと乞おうがアルガーストは教えてくれないだろう

だからボクはそれ以上アルに何も言わなかった
何も、
言えなかった

『ねぇ、ニャガ?』
『何だ?』
『ニャガにもあるのかな、見せたくないもの?』
『・・・・あるよ、たくさん』
『そっか・・・・・』

誰にもあるのかな?
そんな世界が
見せたくない世界が

『いつか・・・・教えてくれるのかな・・・・』



皆が


その背後に背負う世界を


僕に見せたくないと言う世界を



『来る時が来たら・・・・・そうかもな』

ニャガがそう言う
だったら待っていようかな
いつか来るかも知れないその時を
来ないかもしれないその時を




取り敢えずは



次に起こる心配だけしとけば良かったかな??