□ 罰が降る国











薄ぼんやりとした光だけで照らす部屋の窓に近い場所に、
その人は眠る
音もなく
動きもなく



目覚めない人

目覚める様子のない人


その眠る人に近づく、
目を瞑るその顔はオレンジ色の優しい光に照らされて綺麗な顔で
眠っている
彼が昏々と眠り続けて早いもので3ヶ月になる
あの時の処置が早かったから命を落とさずにはすんだけれども、
意識を失ったあの時からこの人は目を覚まさない
この人を見た我が国の最高権威の医者は首を捻るばかりで
彼が言うには何も悪いところはないと言う
あの時深く刻まれた傷も痕を残すだけで、
こう眠り続ける理由にはならないと教えてくれた




けれど、
彼は目覚めない

深く深く眠りの淵いたまま


それはとても怖い


確かめないと生きているのか疑問になるほどの静かな眠り
死んでいるかのように寝息すら立てない


ただ小さく上下する胸の動きで、
生きていること
眠っていることだけが分かる



初めてあったその時は、
噴出してかかった血に濡れた顔と
死人のような青白い顔
体温が失われはじめた身体
意識の途切れたその身体は重くなるばかりで

あの時、
泣き叫んで感じた失いたくないと言う気持ちは
未だに僕の心の奥底に潜む
気を許すと涙が浮かんでしまう



「・・・・・・・」



早く目を覚まして欲しくて、
幾度となくこの部屋に訪れて
目覚めるのを幾時間も待った

僕がいない間に
目覚めてしまっても困らないように

僕がいない間に
身体が冷たくなってしまわないように

「早く・・・・・目を覚まして下さい・・・・・」

小さく呟いて、
震える指で端正な顔にかかる前髪を梳いた



「僕は・・・・貴方を、」


そして、
今日も彼は目を覚まさない


名を呼ぼうにも
彼の名が知らない



早く、
その名を呼びたくて

早く、
その声が聴きたくて

早く、
彼の目が見たくて



「待っているんです・・・・、」








「もう、半年近くになるな・・・・・?」

朝食の並んだテーブルを挟んで、小さく兄様が呟いた
このアルマテラトの国王にして最強の術者である、


ライティアン=リョク・アルマテラト


チャコールグレーの長い髪を軽く結わえて右胸に垂らし、
テーブルに軽く肘を突いて目の前の僕を見詰めた
見返すその美しい顔に困惑した表情が浮かんでいる

「はい・・・・・お医者様は何も悪いところはないと仰っているのですが、」
「しかし半年は長すぎる」

眉間に皺を寄せる兄様
その顔に僕も不安を表す

「それに、彼は眠り続けるだけで何も食べないってのに衰える様子もない」
「・・・・そう、ですね」

そう一度も眠りを覚ますことのない彼は、
半年前にここに来てから水すら飲んでいないのである
それでも、
全くやつれる事もなくそのままに眠っているのだ


その事実を思い返して、
彼が半年も眠ったままにいる奥の離れがある窓へと目を向けた
兄様もその視線の先を追って、

「私も今日は様子を見に行こうかと思う」
「えっと、でも・・・・政務の方は、」
「あぁそんな事はデラクが何とかするさ」

悪びれもなく視線を外に向けたままに兄様は言った
デラクとは僕たち兄弟の幼馴染でもあり、この国の宰相でもある


デライクス・ショット


のことである
彼は今はきっと・・・・
政務室で主人の来ない椅子に座って溜まっている仕事を黙々とこなしているだろうと思われる
仕事を放棄して優雅に茶をすする現国王である兄様は、
そんな事お構いなしなのか、
茶のおかわりに控えの人を呼び寄せていた

「まー・・・もうすぐ月星祭−げっせいさい−も近くなるし、そうすると暇もなくなる」
「そうですね」

月星祭とは、簡単に言うとアルマテラトの誕生祭の事である
月と星の光より生まれた死と再生・夜と闇を司る神・アルマテラトの誕生祭
この国の信仰する神事は盛大なる賑わいになる
一ヶ月の間に祭事と祭が行われ、
眠らない街はよりいっそう眠る事は無い
近隣諸国からも訪れる来賓に追われることになる

「あぁ〜ぁ、めんどくさいなぁ」
「あ、兄様」

嫌そうに眉根を寄せて人目を憚らずため息を吐く兄様に苦笑を浮かべれば、
当の本人は悪びれもなく悪態は続く

「仕方ないだろうが、口やかましい爺どもを相手にするんだぞ?」
「そんなこと言っちゃ駄目ですよ!」
「いやいや、言わせて貰いながらあわよくばなくなればと思ってるからね!」

子供のように、ふんっとそっぽを向く
言ってることがそうなるなんて有り得ないのに

「それは、多分・・・・無理です、よ」
「ま〜ね言ってみたかっただけ・・・・あぁ、そう言えば、」

ふぅと仕方なさげににため息をついたかと思うと
あっ顔を上げて何かを思い出したようだ

「?」
「今年はデライトからも来るって
「え、首都からですか?」
「そー何でもリージェイド皇帝陛下が自らね〜・・・・て噂」

確証はないけど、
誰かがそんなこと耳打ちしてきた気がすると続いた

「しかも、お忍びとか?」
「・・・・・・噂になってたらお忍びじゃないんでしょうか?」
「・・・・・おおっ!!」
「兄様・・・・」

今気付きました!的、驚き表現
そんな・・・・ワザと過ぎます、兄様・・・・

「まーそんな事はどうでもいいけど、お忍びなら堅苦しいことはナシ、だね?」
「・・・・・・・」
「いいねーいいね!メンドイ事が一つ減るね!」

どこまでも兄様は自分勝手な王様だった
でも、兄様の言う通りでもある
人の出入りが多くなればソレを出迎える機会も時間も増える
そうなれば、今ほど彼の元へは行けなくなってしまう
そう思うと憂鬱になった

「明日は第一の明星が昇る日か・・・・」
「日が昇り明ける日、です
「そうだね、そして神が眠る日」
「はい」

アルマテラトの夜が明ける
アルマテラトの神殿が第一の明星に照らされたその時、
神が眠るのだ

「では・・・・僕は様子を見てきます」
「後で私も向おう」
「はい、失礼します」

先に立つことに頭を下げて部屋を後にする
廊下より見える空はオレンジ色に染まっている
夕闇の空
濃い紫色と明るいオレンジ色が混ざり合った空を見上げた
明日になれば
第一の明星が上がる
そうなると、この国では珍しく白けた朝日が登ったような空となるのだ



その空を見上げて



朝が来ると言うのに



「・・・・・・・まだ・・・・・」




目を覚ましませんか?