■ 籠の扉は開いたままなのに。囚われ人は俺なんだよ








俺の命なんて、
あってないようなモノ

寧ろない方が良かったんだろう

だからなのか、
自分自身に執着なんてない

生きていてもイイし
死んで終わってしまっても別にイイ

何でもイイ

ただ何の目的もなく生きているよりはマシだ

ただ毎日息を吸って
飯を食って
寝て
起きて
そんな意味もなく繰り返しているよりは
死んで終わらせてしまった方がイイのかもしれない

だって俺は要らない人間

何故かって?

金がなくなった両親が、
借金で首が回らなくなった親が
金欲しさに売った命だから
たった数百万の借金のかたに売ったちっぽけな命

そんな売られた命に意味はない
生きる意味もない
生きている必要もない

なのに

俺は生きている

いや、

無理矢理、

生かされている

終わらせたいはずなのに

終わらせることを許さない

俺を飼う人間


そいつは言う


『俺が望む限り

生きろ

傍にいろ

死ぬことは許さない

終わらせることを許さない

お前は生きて

人間らしく

意味を持てる

そんな人間になってみろ』


そんな無謀なこと言う
命令する

意味を持てる人間?
人間らしく?


分からない、
分からない、
分からない、
分からない、
分からない、


分からない、


意味とは何?
人間らしくって、どういう意味?

それを毎日考えながら

俺は生きている

生かされている





くだらない世界で

くだらない事を限りなく考えながら


生かされている







「ドコ行くの?」

背中に声をかけられた

「どこだと思う?」
「その足の向かう先は屋上と見たね」
「正解、特別に付き添うことを許してあげる」
「ヤダよ、授業サボりたくない」
「えーそんな事さー言わないで付いてきてよー」

にべもナイ断りの言葉に苦笑して振り返れば、呆れたように腕を組んで立っている後輩。
はぁ・・・・・・・っと、溜息をついて来てくれる。

ホントは知ってるよ、
口で言ってもお願いすれば何でも聞いてくれるお前の性格。
自分が気に入った相手にはとことん甘くて弱いって事、
それにつけ込んでるってのも、ね?

「今日は何なの?」
「何って?」
「何の意味があって屋上に行くの?」
「意味?意味がなくちゃダメ?」
「ダメじゃないけど、アンタには在ったほうがイイ」

ダメじゃないならイイじゃない?
でも、俺には在ったほうが良いんだ・・・・・・

「京介さんと同じこと言うーー」
「甚だ迷惑なことですね」
「あははっ・・・・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・」

笑った
でも笑えてない

笑うって何?

「笑うって何だろうね、和泉?」
「感情表現」
「身も蓋もないなぁ」

屋上へと続く階段を登り、ドアノブに手をかける。
カチャリと開けば、
目の前に広がる青い空

「空を見たかった・・・・・でもイイ?」
「イイですよ」
「・・・・ありがとう」

ふっと風ではない空気が揺れる
見なくても分かる、
和泉が笑った。
それは、
なぜか俺の中では嬉しいこと。

前に進んで、
立ち止まって、
しゃがむ、
コロンと寝転がれば、
視界全てが青一色
それと逆さまの和泉の顔

笑ってる

「笑えないんだ・・・・・笑うことって何だろう?」
「だから感情表現」
「・・・・・・・・・・」
「シンプルでしょ?全ての答えはその言葉の意味だよ蓮水先輩」
「ヤダ・・・・名前・・・・呼んで」

眉を顰める
そんな呼び名は好きじゃない

不機嫌な俺に
笑う和泉

「泰斗、意味は見つかった?」

逆さまの顔のまま覗き込まれて、
一日一回
同じ質問
そして
何時もと変わらず、
同じ答え

「見つからない」

探してもないからね
まだ、
俺は、
無意味に生きている

あの時からずっと
無意味なまま

生き続けている




今でも夢見る
子供の頃の記憶

ちょうど10年前
俺の誕生日の夜

俺は存在を失った

その時の記憶は今でも鮮やかに思い出せる。
怖い男たちに囲まれて、
何か怒鳴っている。
叫んでいる。

『お願いだっもう少しだけっもぅ少しだけ待ってくれ!!』
『テメーよ・・・・それ何回目だよ?三日前も一週間前も一ヶ月前もその前もその前も同じこと言ってやがったよな〜?』
『こっ今度はホントだ!!』
『聞き飽きてんだよ!!』

ドッと鈍い音が鳴って、
くぐもった苦しげな声が聞こえる。

『ホントですっお願いですから!!』
『アンタもアンタだよ・・・・・借りた金・・・・・期限通りに返すのは常識だろ?』
『ひっ!』
『それをよーココまで待ってやったんだぜ?誠意には誠意で返せよ・・・・ぁあ゛!?』
『ぎゃっ!!』

ガチャーンと何かが倒れる音がして、
また声にも言葉にもならない叫びがけたたましく響く。
耳障りなソレに、
寝ていた身体を起こし、
騒がしいそちらの部屋へと続く扉を開けた。
暗闇に慣れていた目は、
明るさに眩んで眩暈に似た感覚を起こさせて、
扉によりかかりながら目を凝らした、
何か大きなものが自分目の前にいくつも立ちはだかっている。
それを認知する前に、
腕を引かれた。

『っ』
『だったら・・・・!!だったらコイツを差し上げますっ!!』
『・・・・・・・・・』
『ガキの臓器売ったら金になるでしょ!?』
『そっそうだ!!売ったら借金以上の金になりますよね!』
『・・・・・・・・・』

何を・・・・・
言っているのか分からなかった。
混乱というよりも冷めた頭で言葉を理解する前に、
ドンと前に突き出される。
未だ目は慣れない。
目を眇めたまま、目の前にいる黒い何かを見上げた。

『コイツを借金の足しにしてください!!』
『ガキだったら売っても金になるでしょ!』
『病気もないですし、臓器は何でも揃ってますからっだからコレで許してください!』

母と父のはずの男と女が口々に叫ぶ。
許しをこいている。

『・・・・・・社長、いかが致しますか?』
『・・・・・・・・』

先ほどまでガ鳴っていた男が声を潜めて自分の目の前にいる黒い物体に耳打ちしているようだ。
慣れだした目が、目の前の黒いのが足だと認識させる。
数秒の沈黙の後、
それは動いた。

『名前は?』

目の前に飛び込んできたキレイな男の顔。
切れ長の涼しげな目、
同種の人間にしては堀の深い顔だったと今でも思う。
そんな顔で、
ハシバミ色の瞳が俺を覗き込んできた。

『・・・・・・たいと』
『たいと、か・・・・・いくつだ?』
『今日、八歳になった』
『そうか』

俺が応えると、その男は目元を少し和らげた。
そして、
その顔が離れたかと思った瞬間の浮遊感。

『先に戻る』
『分かりました』

抱き上げられたのだと、
理解するには、
俺にはその行為に経験がなかった。
真っ白になった頭で
近くにあった顔を凝視した。
後ろでは親たちの歓喜の声が響く。
浅はかで馬鹿の喜びの声。

後をついてきた男に、

『始末しろ』
『・・・・・分かりました』

その言葉を残して、
扉は閉じた。

それが、
蓮水京介との出会い。


俺に
生きろと命令した男
意味を探せと言った男

そして、
俺を飼う男





「どうして、俺は生きなきゃならないのかな?」
「・・・・・・・・・・」
「生きていたって意味はないだろうに・・・・・・・・ねぇ?」

過去の記憶に耽っていた思考を呼び戻し、頭の上で膝を抱えて俺の顔を覗き込む和泉に意識と視線を向ける。
無表情のその顔。
笑っていない顔、
ちょっと嫌だな

「あーそれとも、性欲処理の道具がなくなったら嫌だからかな?」
「・・・・・・・・さーね?」
「さーね・・・・て、それだけ?」
「それだけ」
「冷たいー」

フイに視線が反れて、
突き放すような和泉の言葉。

「和泉?」
「・・・・・・・」
「和泉ってば・・・・・」
「・・・・・・・」
「怒った・・・・・ねぇ怒った?」

何も応えなくなった、
その反応の仕方に焦りを覚える。
なぜだろう、
和泉に無視されるのだけは耐えられない。

「ごめん・・・・ごめんね?」

身体を起こして、
その身体に抱きつく。
細い腰に腕を回して、
暖かい腹に顔を押し付ける。

「ごめんさい、ごめんなさい・・・・ごめんな」
「謝るなら、俺が言われたくないことは一生口にしないで」

一刀両断の声の冷たさ。

「・・・・・ごめん、なさ・・・・・・い」
「傍にいるって約束したでしょ?」
「・・・・・・・・」
「俺はアンタの傍にいるって約束した。あの人に言われたからじゃない、俺が俺の意思で決めたんだよ」
「・・・・・・・・」

髪を梳く。
頭を優しく撫でる。

「あの人にも言われたはずだよ、無意味と決め付ける前に生きる意味を探せって、だから俺は毎日同じ言葉を繰り返している」





意味は見つかった?





和泉は同じ事を聞く。
毎日同じ答えしか言わない俺に、
飽きることも
怒ることもなく、
同じ言葉を、
繰り返し聞いてくる。

「今日はこのまま帰りな、迎え来てるみたいだし」
「・・・・・え?」
「下、見てみな」

言われて、下を見る。
正門の所に黒い車が止まっていた。

「何で・・・・・・?」
「さ〜ね、会いたくでもなったんじゃない?」
「・・・・・・・・」
「行くよ」

呆然とした俺の腕を取って和泉は歩き出す。
正門に向かって歩きながら、

「あとねー性欲処理の為に泰斗を傍に置くかと思ったら大間違いだと思うよ」
「・・・・・・・」
「俺はそうは思わないけれど、世間一般常識じゃーあの人の顔ってイイ男なんでしょ?」

認めたくないとでも言うように眉を顰めながら続ける。

「寄って来る女は腐るほどいるはずだよ、それを誰一人相手にすることなく泰斗に執着してる」
「してる・・・・??」
「してるよ、だから今も授業中だって分かってるのに来たんでしょ?」
「・・・・・・・」

先には、
車体に寄りかかって俺たちを笑ってみている男がいる。
だんだん近づく、

「取り敢えず、意味を見つける前に執着するモノを見つけてみれば?」
「・・・・・・」
「そしたら、意味がそれにくっついてくるから」

あと数歩近づけば、
手の届くところまで近づいた。

「泰斗は死ねないよ、この人のモノである限り」
「・・・・・・・・・」

ぴたっと目の前で立ち止まった。

「何の話しだ?」
「内緒話しですが?」
「教えてはくれないのか?」
「俺が言うとでも思ってるんですか?」

笑いを含んだ言葉に、
淡々と返す和泉。
普通ならこの人に向かっては許されない態度。
むしろ、
この人に対してこんな態度を取れるはずなどない。

「無理、だな〜」
「分かっているなら、聞くな。じゃーそう言うことで、俺は授業に出るよ?じゃーね」

仕事は終わったとばかりに、踵を返して元来た道を戻る和泉。
その背中に、

「今日の7時、駅前に」
「・・・・・・・・・・」

京介さんの声に、立ち止まった。
顔だけ振り返らせて、

「・・・・・・・・・・・未成年なんですが?」
「お前じゃないと泰斗が駄々を捏ねるんでな〜」
「アンタが不甲斐ないだけだろ?」

突き刺す冷たさの言葉を軽々受け止めて、
不機嫌になり始めた和泉に笑いかける。

「アンタ最悪だよな?こんな一般市民で未成年を引っ張り込んでさー」
「そう言うなよ、俺たちの世界にお前はもう浸透してるじゃないか?」
「させてんのはドコのどいつだよ・・・・・・・」
「俺だ、こんな事を抜きにしても欲しいものは欲しいんでね」
「泰斗だけで満足しろよ」

不機嫌さが増して行く、
心なしか空気まで冷たくなったのかと感じるほど。

「その泰斗が望んでるんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「傍にいて、和泉・・・・・お願い」

迷惑掛けたくないって言うのもある。
巻き込みたくもない気持ちもある。
でも、
それ以上に傍にいて欲しい。

「あーぁ・・・・何で俺って、こうも甘いかな・・・・・・」
「ごめん」
「いいよ、もう・・・・・・俺が決めたことだし」
「そうそ、決めたことはきっちり守ろうな?」
「アンタが言うな、俺は泰斗のためだけにしか動かないよ」
「それでイイよ」

京介さんは笑う。
笑いながら俺を抱き寄せて、髪に口付けられた。

「じゃ〜な、時間厳守で願うよ?」
「はいはいはいはい」
「また後でね、和泉」

スタスタ歩いて行ってしまった背中に声を投げれば、
手を振って返された。

「行くぞ」
「うん」

京介さんに即されて車に乗り込む。
その薄暗い窓から見える和泉の背中。
こんな普通の人とは違う世界に身を置く、俺の唯一の場所。

俺の心も身体も生きる意味も何もかもが隣に座る男のモノだけど、
考える意思は、
すべて和泉に向けられる。

執着、
それを見つけろと言われたけれど、
俺は、この隣に座る男に執着している。
それは、
会った時からそうだ。
だから意味もなくではあるけれど生きていられる。
でも、
その他にも、生きていられるのは・・・・・
俺の居場所を作ってくれた和泉に依存しているからだ。
それを知っているから、
京介さんは無理矢理にでも和泉を俺の傍に置くのだ。

「生きるって・・・・・・難しいね?」
「そうか?」
「そうだよ・・・・・・難しくない?」
「俺は思うがままに生きているからな、あとから意味が付いてくる」
「そう・・・・・なんだ?」
「そう言う生き方もあるだけだ」
「ふ〜ん」

人それぞれなのかな?
それなら、
俺もそうなのかもしれない。

「俺のも、その一つなのかな?」
「そうだろな、人間なんて何億人といるんだ。だったら腐るほどたくさん生き方はあるだろ?」
「そっか・・・・・・」

何だか、
少しだけ、
本当にほんの少しだけすっきりした。

「京介さん」
「ん?」
「シたい」
「・・・・・・・・・」
「今すぐシたい、シて」

ハンドルを握る腕に手を乗せて、
運転中で前を見ている首筋に吸い付いた。
離せば赤い痕が付く。

「唐突だな・・・・・」
「ダメ?」
「いや、むしろ大歓迎。そのために迎えに来たようなもんだしな」
「どこでもイイ・・・・・早く・・・・・」




貴方に抱かれる事が、
その行為が、
一番、
生きる意味に似ている。
欲しがられて、
欲しがって、
与えられて、
飲み込んで、
ただただ、
感覚だけを追うその行為が・・・・・




愛されてると、

意味を分からないながらも

感じるから